あなたのバービーは何を語る?⑧前編
「そこの方!どちらに行かれますか!受付は
こちらですよ。チケットはお持ちですか?」
「え?あの…」
「このパーティー会場には、チケットが無いと
入れません。購入されましたか?」
「え?そんな…その…」
「チケットがあるか、聞いてるんです!」
「ありません…けど…知り合いの…その…」
「なんですって?よく聞こえません」
「知り合いに招待されたんです!だから…チ、
チケットは要らないんです」
「お知り合いのお名前は?」
「え…と、その…何だったかしら…ちょっと…
度忘れして…」
「お帰り下さい」
「でも、本当なんです!受付にチケットを置い
ておくからって、そう言われたんです…本当
よ、嘘じゃない!」
「お名前は?」
「誰の?」
「あなたのです!いい加減にしないと、警備員
を呼びますよ」
「ジニーです。ジニー…」
「リストにありません!確認するまでも無いわ
安物の靴…見ればわかりますよ!
とっとと、出ていくんです!ゴード!」
「警備会社の者です。すぐ、回れ右して、出て
行った方がいいですよ。
『パーティーもぐり』を摘まみ出すのが、僕の
仕事なんで。嫌な話ですけどね…気の毒には
思うけど、仕方ないんです。僕も給料が必要
なんで…」
「ゴード!何やってるの?ぐずぐず喋ってない
で、さっさと、叩き出してちょうだい!」
「チッ、うるさいな…」
「何!?」
「いや、何でもないです」
「あんたの替わりなんて、いくらもいるのよ?
なんなら、その『もぐり』と一緒に出ていっ
てもいいわ!」
「聞いたでしょう、あれ。僕がクビになる。
あなたが出ていってくれなきゃ、僕が家賃を
払えなくなります。まいったな…無理矢理に
引っ張っていくなんて出来ませんよ、僕。
もう行った方がいいです、本当に。頼みます
よ…ね?お願いしますよ」
「足が…足が動かない…」
「は?大丈夫ですか?僕、何もしてませんよ。
痛めたんですか?」
「いえ…大丈夫…です。ごめんなさい、もう行き
ます。あなたに迷惑かける気は無かったの」
「いいんです。気にしないですから、僕」
「あなたをクビに…だなんて、そんなつもりは
なかったのよ…」
「本当に、大丈夫ですか?」
「ゴード!何してるのよ?」
「具合が悪いらしくて…もう少し…待っ…」
「さっさと摘まみ出して!お客様で混み合う前
に!まともな上流の方々に、こんな醜態を
お見せするわけにはいかないわ!」
「醜態はあんたじゃないか…」
「な…何か…今…言った…!?」
「いや、その…」
「ごめんなさい…もう…行きますから…」
「やあ、ゴード!久しぶりだね…て、修羅場?
どうしたんだい、大騒ぎだね」
「サンディ!会えて嬉しいなあ!もっと頻繁に
会いたいですよ。腰の具合は?」
「相変わらず、痛いね」
「東洋医学とやらが、いいらしいですよ。
針治療とか、どうです?」
「針を刺すのかい?怖いな」
「効くって話ですよ」
「君は、はち切れんばかりに元気そうだね」
「体が全てですからね、僕は。4つも掛け持ち
で仕事してるし、医者なんか贅沢品だし。
薬だって、高いですよ」
「君は大したもんだよ。僕は本当に、いつも
感心してる。
ところで、こちらのお嬢さん…ジニーさん…
だけどね。僕と一緒なんだ。ここで待ち合わ
せしていてね。チケットも渡しておいたんだ
けど、なくしたのかな?ジニー?」
「え?は?あの…その…」
「と、いう訳なんだよ、ゴード。なんなら、
チケット、買おうか」
「とんでもない!サンディにチケットなんか
買わせたら、主催者に殴られますって。
ごめんなさい、お嬢さん。ジニーさんでした
か。サンディのお連れ様だとは、知らなかっ
たんで。お詫びします」
「いえ…とんでもない…あなたのせいでは…。
あなたはご親切でしたわ…」
「じゃあ、行こうか、ジニー。また今度、ゆっ
くりね、ゴード」
「主催者の…カミツキガメ婦人が、あなたの事
鵜の目鷹の目で探してますよ。サンディ、
来てくれるかしら…て、ピリピリしちゃあ、
花屋を怒鳴りつけるわ、ケータラーは苛める
わで、もう六人ばかりも、ウェイトレスが
泣いて辞めちゃいましたよ。
どうするんですか?」
「会場は広い。逃げ切るさ」
「僕ら従業員の、平和とチップの為に、犠牲に
なって下さい」
「いくら君の為でも、夫人をご機嫌にさせるの
は至難の技だ」
「サンディなら、できますって。傍にいれば
それでいいんです」
「他人事だと思って…僕は隠れるよ」
「来月、また野球に行きませんか?この前は、
本当に楽しかった!」
「ああ、行こうね」
「電話します。パーティーを楽しんで!」
「さて。初めまして。僕はサンディ。君は
ジニー…と言っていたね。何の略称なの
かな?本名は?」
「ジネヴラ」
「ジネヴラ…美しい名前だね」
「今は、何も素晴らしいとは思えないんです」
「君は初心者のようだ。そりゃ失敗もするよ。
落ち込んじゃいけない」
「確かに落ち込んでますけど…初心者って…?」
「チケットを購入せずにパーティーに参加する
いわゆる『パーティーもぐり』のさ。
あんなやり方じゃダメだよ。嘘が下手だね」
「私、何をやらせてもダメな人間で…。もう、
どうしようもないんです」
「最初から、うまくはいかないよ」
「連れだなんて…嘘ついてくれて、ありがとう
ございます。でも、どうして助けてくれたん
ですか」
「仕事上、必要だから仕方なく出席したけれど
ここのパーティーは嫌いでね。つまり、僕に
とっても、今日は、ついてない日という訳。
助け合おうよ。シャンパンはどうかな?君は
未成年?」
「二十歳は過ぎてますけど…」
「じゃあ、無事にパーティーに潜り込めた事を
祝して、乾杯しよう…隠れて!」
「え?」
「そのカーテンと柱の陰に、早く、早く」
「え…?」
「しーっ」
「…」
「もう、大丈夫。出てきて息をしてもいいよ。
あやうく見つかる所だった」
「まずい!また、戻ってきた。彫像の陰に…。
早く隠れるんだ」
「あなたは『パーティーもぐり』じゃないんで
ですよね…正規の招待客なのに…その…隠れ
てるんですか?」
「僕は、フリージャーナリストで、色々な人に
会って、話を聞くのが仕事なんだ。
だから、パーティーに出るのも、大事な事で
それで、ここにいるんだよ。
でもねえ…失礼ながら、主催者の、サッシャ
バックリー夫人にはね。まあ…何というか、
見つかりたくないんだ。いや、いずれは挨拶
しなくちゃいけないんだろうけど…出来る
限り遅い方がいい。数百人もの招待客で溢れ
てからなら、夫人も忙しくて、僕にくっつい
たまま…というワケにもいかなくなるから」
「その人の事…嫌いなんですか?」
「好きではないな」
「どうして?」
「さっきの受付での大騒ぎ…あんな事を起こす
からだよ。始終、誰かを泣かせてる」
「でも…私がいけないんですもの…上流階級の
パーティーなんですよね…私は…下層の階級
ですし、招待もされてないんですから…」
「僕だってそうだよ。貧乏ジャーナリストで、
それ以上でも以下でもない。上流紳士なんか
じゃないけれど、もし、そうだとしても、
こんなパーティーは開かないなあ。誰であろ
うと、人を追い返すようなパーティーはね」
「追い返される方が、いけないんです…」
「そうかな…」
「あそこのテーブルに座る?彫像の陰になるし
見つからないかもしれない」
「はあ…」
「じゃあ、改めて、何を飲む?シャンパン?
レモネード?」
「実はあの…お酒はダメなんです…お腹が空いて
その…空っぽなんで…出来れば、その、なんか
食べてからが…」
「そうなんだ。気がつかなくてごめんね。
バイキング形式だから、好きな物を取ってお
いで。悪いけど、僕の分もお願いできるかな
隠れていたいから。助けてくれる?」
「あの、あの、長いテーブルの上、全部、料理
なんですね…すごい…食べ物の山だわ…。私、
食べていいんですか?主催者に見つかったら
マズイのは、私だって同じです。叩き出され
るかもしれないし…」
「本当に、僕達は、妙な状況になってるね。
でも、僕達のせいではないよ。パーティーの
方がおかしいんだ。見つかったら、仕方がな
いからね。僕と一緒だと言えばいいよ。
大丈夫。安心して、何でも取っておいで」
「ありがとうございます…行ってきます」
「お腹は落ち着いた?」
「ええ…まあ…」
「でも、思っていたより、食べなかったね。
腹ペコに見えたけど…足りたの?」
「胃が…縮んでしまったみたいで…あまり入らな
くて…」
「そうか…後で、またトライしてみるといい。
ところで、どうして、『パーティーもぐり』
なんて、しようとしたの?」
「え?」
「スリルがあるから、とか、面白いからとか、
そんな理由だとは思えなくてね」
「理由なんかありません…たまたま、この
ホテルの前を通りかかったら、いい匂いがし
て…調理場から、それは美味しそうな…
だから、覗いてみたら、パーティーの案内板
が立っていたから…フラフラッと…それだけ
なんです。チケット制だなんて、知らなかっ
たんです。法律違反する気なんて。
だから、その…あの…それだけなんです」
「法律まで持ち出す事はないよ。僕だって、
駆け出しの頃は、こうしたパーティーに押し
駆けては、放り出されたものだよ」
「惨めじゃなかったですか…恥ずかしい…とか」
「いや。一度も、そんな風に思った事はない」
「私は惨めでした…情けないし…」
「正しいやり方を知らないからだよ。
よし!僕が正式な『もぐり方』を教えてあげ
よう。今週の金曜日、空いてる?」
「いえ…あの…もう、いいんです。二度と
『パーティーもぐり』なんてしません。
しませんから、もう…その…いいんです」
「まずい。夫人がこっちに来そうだ。今度こそ
捕まってしまう。ジニー、何とか誤魔化して
くれない?」
「無理です…あの…無理、私には…どうしたら
いいのか、わかりません…」
「…夫人に捕まってしまったら、ミイラか化石
になるまで、離してもらえないよ…」
「だからって…そんな…何と言えばいいのか、
わからないんです」
「仕方ない。逃げよう」
「お仕事でいらしたのに」
「そうだけど、僕の仕事は、臨機応変なんだ。
大丈夫。君は残ってもいいんだよ」
「一緒に行きます…ごちそうさまでした」
「お礼はいらないよ。僕が用意したんじゃない
からね」
「ジニー、あっちを見てごらん。綺麗な景色
だね」
「ええ…そうですね」
「川向こうに、観覧車が見える?小さな遊園地
があるんだ。一緒に行かない?」
「いいえ…その…私、その…お金を持ってきてな
いので…いいです」
「僕が払うから。あの遊園地は、さほど高くな
いんだ。楽しいよ。君に必要なものだ」
「いえ、別に…必要ないですよ。もう…これで
失礼します…」
「ジニー。君は、パーティーで嫌な思いをした
し、僕みたいな変なヤツに出会うし、まだ、
お腹は空いたままだし、このまま家に帰って
も、モヤモヤするよ、きっと」
「もう、ずいぶん長い間…遊園地なんて来てま
せん…」
「じゃあ、ぜひ、ご招待したいな。パーティー
より、あちらに。気取った人も、君を見張る
人もいないよ。
ジェットコースターに乗って、ゲームで景品
を取って、ホットドッグにかき氷をごちそう
するよ。それなら、きっと美味しく食べられ
るから。ね?いかがですか?」
「え…ええ…本当は、すごく行きたいです…。
実は…遊園地なんて…生まれて初めてなんで
す」
「それは、とても良くない事だ。
そんな事があっては、いけないんだよ。
誰だって、一度は遊園地に行かなくちゃ。
元気を出して、ジニー。きっと何もかも、
うまくいく日がくるからね」
「サンディじゃない?!キャーッ、素敵」
「リン!それにサマーじゃないか。
こんな所で会うなんて、驚いたよ」
「バックリー夫人のパーティーに呼ばれてたん
だけど、やめたの。退屈そのものだもの。
こっちの方が楽しいわ」
「僕も、そのクチだよ。こちらは、ジニー。
パーティーで会ったんだ」
「ハーイ、ジニー!よろしくね。サンディの
友達は、私達の友達よ!」
「は…初めまして…あの…」
「私達、これからサマーのパパのヨットで、
花火大会をするの。二人とも、一緒にどう?
サンディを一人占めはダメよ、ジニー!」
「す…すみません…あの…私…失礼を…」
「リン。悪いんだけど、今日はジニーと二人で
遊ぶ約束なんだ。わかるよね?」
「…。」
「頼むから…ね?リン、お願いだよ」
「そっか…わかったわ、サンディ」
「ありがとう、リン」
「その代わり、今度、絶対に会ってよね!
わかった?いいわね?」
「ああ…わかってるよ。約束するから」
「…じゃあね。私達、もう行くわ。またね、
ジニー。
サンディ!約束を破ったら殺すわよ」
「破らないよ」
「騒がしかったね。びっくりさせて、ごめんよ
ジニー。今度こそ、楽しく遊ぼうね。
ただし、その前に、一つだけ。
金曜日の午後2時。グリーンパークの東端、
ブランコの横で待ち合わせだよ。
来るのも来ないのも、まあ、君の自由だが。
正式な『もぐり方』を、教えてあげる」
「…」
「難しい話は、ここまで。さあ、ジニー。
まずは、ジェットコースターに行こう」
中編に続きます。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
よろしくお願いいたします。