あなたのバービーは何を語る?⑩ライリー編その3
「レイス…」
「いつも、私を見つけてくれるのね」
「雨が落ちてきそうだから。僕らの庭園の中に
は、雨が美しく見える場所が、いくつかある
幼い頃から、君はここが好きだった」
「ライリー…もう十分に待ったわ、私。返事を
聞かせて」
「あの話か…わかってる、わかっているんだ、
レイス。君が、どれほど真剣か…軽々しくは
扱えない問題だという事も。僕は…考えてみ
た…自分と向き合おうとしてみた。難しいね
とても難しい。今まで、したことがなかった
今も出来ているのか自信がない」
「辛かった?」
「とてもね…ああ、すごく苦しいよ、今、この
瞬間も」
「わかるわ…でも、いつかは向き合わなくては
ならないのよ、ライリー」
「僕の人生に、ここまで踏み込む事は、誰に
も許さない。唯一、君だけなんだよ、それが
出来るのは。僕に、そこまで親しく触れられ
るのは、君だけだ。この世で、ただ一人、
それが出来る人…」
「アマンダもいるわ。あなたの力になろうと
している。彼女は、本物の友達よ」
「確かに、彼女は、理解してくれる。僕の事を
僕以上に。それでも、僕は…僕の中に踏み
込む事を許さない」
「ライリー…私を愛してる?」
「ああ…レイス…愛してるよ。いつも変わりなく
心の底から…10歳の、まだ幼い少年の日に、
君を見て、その瞬間から…愛し始めたその日
から、ずっと今も限りなく愛している。
それでも…僕は行かないんだ、レイス」
「なぜなの…私にはわからない…あなたは、ここ
で幸せじゃない。私も幸せじゃない。一緒に
逃げて、そうしたら…そうしたら…」
「ダメだ、レイス。僕にはわかっている。
ここから逃げたら…この人生を変えれば…
僕らの結びつきも消える。僕らは別れ、他人
同士になるだろう。必要としないからだ。
僕の人生はね、レイス、すでに終わっている
のだよ。
悲しいが、わかって欲しい。受け入れて
欲しいのだ。君のせいではないし、誰のせい
でもない。ただ、もう終わりなのだ」
「嫌よ…諦めるには早すぎるわ。あなたは、
まだ、26の若さなのよ」
「年齢は関係ない。人生は、与えられたものさ
レイス。自分で変えられる部分は、本当に
僅かだ。
君が僕を置いていなくなれば、僕はここでの
人生に、その非道さに耐えられなくなる。
でも、君を留めて、このままの人生を続けれ
ば、僕も君も、異常な結びつきに耐えられな
くなるだろう。いずれ、必ず」
「私は、もう限界なのよ、ライリー」
「君を苦しめるのは、耐えられない。
なんとかしなくては、いけないんだ。
だが、君と二人で、一緒にここから逃げ出
したら、僕は…僕は…」
「はっきり言ってちょうだい」
「人生の苦しみからは逃れられるだろうが、
代わりに、君を愛さなくなるだろう。
君が必要でなくなるからだ。僕は、そこまで
ひどく君を利用した…。
でも、知らなかったんだ。信じて、レイス。
自分が、君に、酷い仕打ちをしている事に、
気付かなかった。
これまで、僕の全てだった君が、どうでも
よい他人になる。それも恐ろしい…」
「だから、君と一緒には、逃げられない。
僕は、ひどい事を言っているね、レイス。
大富豪?青年社長?僕は塵芥と一緒だ。どう
にもならないんだ、もう」
「あなたの人生を、それほど苦しいものにして
いるその訳を、私に話して、ライリー」
「無理だ」
「話せないのね…」
「君には話せない。知らないでいて欲しいんだ
君には、僕の現実を知られたくない」
「あなたは、そうかもしれない。私は違うわ!
どこでも、どんな場所の、どんな生活でも
あなたを愛せる。大好き、大好きなのよ、
ライリー…どんなあなたでも…私の気持ちを、
なぜ、信じてくれないの?」
「それは誤解だ、レイス。君は、どんな僕でも
受け入れてくれるだろう。君を信じてるよ。
僕が、耐えられないのだ。
君の前でだけは、普通の人でいたい。普通の
優しい人でいられる…それは癒しだ。
思えば僕は、ただひたすら、普通の人でいた
かったんだ。ずっと、そう願っていた。叶わ
ない夢なのだけれど、君の前だけでは、夢の
世界にいられたんだね…」
「私の苦痛がわかる、ライリー。私の苦しみが
わかる?」
「わかっていないと思う。レイス…すまない」
「ここでの生活の苦しみ…あなたのそれとは
違うけれど、教えてあげるわ、ライリー。
羽毛にくるまれた様に大事にされて、宝物の
様に大切に扱われて…何でも、好きな物を
好きなだけ、際限なく与えられて、誰もが
夢見る生活…でも、誰だって、きっと耐えら
れないだろうと思うわ。それは辛すぎる生活
でもあるのよ」
「考えてもみて、ライリー。
すごくハンサムで、素晴らしく優しくて、
本当に素敵な…若い…自分とそうは違わない
若さの男性が…いつも傍にいて、限りなく
慈しんでくれて、それで…それで…優しく
触れてくれて…でも、それは、宝石に触れて
いるのと同じなの。でなきゃ、コレクターズ
アイテム?
私は、生身の人間なのよ。夢の世界の人形
ではないの。現実の女性として愛して欲しい
のに…そういう思いで触れて欲しいのに、
叶わない。この辛さがわかる?」
「僕には、生身の人間は必要ない」
「自分が、愛している男性が、心底、不幸なの
も…辛いわ」
「僕は、君をも不幸にしていた。絶対に幸せに
すると…毎日、ただひたすら、君を想ってい
たのに。
そんな資格がなかったんだね。自分ですら、
幸せに出来ないのだから」
「ライリー…私を抱いて…抱いてよ。体で、愛を
結びたいの、私は」
「無理だ。僕には出来ない」
「体で紡ぐ愛は、恥ずかしい事ではないのよ、
ライリー。汚い事でもないわ。
現実の愛。体温を感じ、生きている事を感じ
られる愛なのよ。勇気を出して…ライリー。
私と、体で愛を奏でれば、きっと人生を取り
戻せるわ」
「やめてくれ、レイス。僕はもう、希望を持つ
事に疲れた…生きるのに疲れた。
君には酷い仕打ちをしたけれど、君といる時
だけ、僕は幸せだった。どうか、これだけは
信じて欲しい…僕は自分に出来る、精一杯の
事をしたんだ…
大した事は出来なかったけれど、それでも、
精一杯に頑張ったんだよ」
「知ってるわ…。
それで?これは何なの?」
「プレゼントだけど…いや、わかってるよ、
レイス。嫌なんだよね。貰いたくない。
それが、わからないほど、馬鹿ではない
つもりだ」
「だったら、なぜ?」
「わからない…いわば、習慣なんだ。買って
帰らないと、落ち着かなくて…」
「あなたなんか、大嫌い!」
「レイス…」
「大嫌い、大嫌い!一人にして!」
「レイス!」
「…」
「…」
「ごめんなさい…取り乱して。
しばらく、一人で過ごすわ。
考えたいの。私、とても傷ついた。それに
疲れた…。お願いよ、ライリー。お願い!
絶対について来ないで!」
「レイシー…どうしたの?あなた、大丈夫?」
「アマンダ…来てくれて、ありがとう。
どうしても、聞きたい事があって。
それは…」
「言わなくても、わかっているわ。いつか、
あなたが、聞きに来ると知っていたし、
あなたになら、話したいとも思っていた。
本当に、いいの?恐ろしい話なのよ」
「知らないではいられないわ。ライリー…私が
16年も共に暮らしてきた人…愛してきた人…
ねえ、彼は…彼は…一体、何者なの?」
「中規模の製薬会社の社長よ。代々、血族経営
の」
「表向きを聞いているのじゃないわ!私、
怒っているのよ、アマンダ。もう、嘘は沢山
よ!あなたも、ライリーも、マグダラも、嘘
ばっかり、最低よ!私は…」
「ライリーの一族はね…究極のマッチポンプで
世界を操っているの。致死性のウイルスや
細菌を作り上げ、選び抜いた場所に広めて、
時期をみて、ワクチンや薬を投下する」
「バカな事、言わないで。本当に、そんな事を
していたら、世界でも有数の、巨大製薬会社
になってるはずでしょ」
「あなた、変わった考え方する子ね。
儲けるのが目的ではないわ。操るのが目的な
のよ。目立たない存在を装わないとね。
世界を動かすには、巨大なマネーだけでは
不十分なの。恐怖、パニック、階級格差
ヘクトクライム、戦争…様々な姿に偽装した
グループが、世界を動かしている。
ライリーは、病気と、その恐怖で操る。
奇跡の薬や、ワクチン、空虚な希望や、生へ
の執着でも、大衆は操れる。
まあね、担当業務ってワケ」
「なぜ…そんな事をするの?」
「ずっと昔の昔から、ライリーの一族の担当と
決まっているからよ。はっきりは知らない
けれど、もしかしたら、人々が、まだ洞窟に
に暮らしていた時代に遡るかもね。
何が目的なのかなんて、わからなくなってる
の。あえて言うなら、操るのが、人間の性…
負った本能だからかしら。誰かがしないでは
いられないのよ」
「あなた達は、支配者なの?」
「違う。
私の一族も、ライルの一族も、操るだけで
はなくて、誰かに操られている駒でもあるの
よ、多分…。
けれど、指し手が巨大すぎて見えないし、
知ろうとするのは危険だわ。
だから、いわばムードで動いてる」
「ムードですって?」
「血族の感覚…受け継いできた伝統ね」
「あなたの一族の役割は?」
「ライルの一族とは、切っても切れない仲。
お役人と政治家の一族よ」
「ライリーは、苦しんでいるわ」
「稀に…本当に稀に…彼の様な人がいる。
完璧に操られ、縛り付けられ、洗脳されて
いるはずなのに、それを弾いてしまう人。
自分に疑問を持ったり、苦しんだり…
一族の中の腐ったリンゴよ」
「腐ったリンゴは、どう取り除くの?」
「手を出す必要は無いわ。自滅するのを待てば
いい」
「あなたも、腐ったリンゴよ、アマンダ」
「私は違う!なぜ、そんな事を言うの!」
「ライリーの為に泣いてるからよ。彼を想って
涙を流している。彼を愛しているから…だわ
あなたも、腐ったリンゴなのよ」
「…」
「…」
「ライルを助けたい…でも、どうしていいのか
わからない…わからないのよ、レイシー」
「私は家出するわ」
「レイシー…それは、無理だわ。ライルは、
あなたに中毒してるのよ。
頭では、そうすべきでないと理解していても
それでも、あなたを追い求めるわ。
世界中の警官や探偵を使ってでも、あなたを
探し出そうとする。
これは、比喩ではないのよ。
彼には、それだけの財力と権力があるの」
「大丈夫よ」
「ライルに死ねと言うの?あなたを失えば、彼
は生きていけないのよ」
「大丈夫よ」
「どういう事?何を考えているの?」
「しばらく、あなたの家に匿って、アマンダ。
まさか、そこにいるとは思わないでしょう」
「質問に答えてくれる?」
「私も、ライリーを愛してる。でも、私は、
あなたとは違う。
ライリーを解放してみせるわ」
ライリー編その4に続きます。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
よろしくお願いします。