あなたのバービーは何を語る?⑩ライリー編その2
「今晩は、ライリー」
「最高の美女が登場。約束通り、来てくれたん
だね、アマンダ。遠い所をすまない」
「隣家だけど。お金持ちは皆、因果な家を持つ
のねえ。敷地が広すぎるのよ。
久しぶりだから、道に迷ったわ」
「人の事を、とやかく言えるのかね。君の一族
の屋敷は、もっと広い。ヴェルサイユ宮殿も
同然だ」
「一つ屋根の下、と言ってもまた、広大過ぎる
屋根だけど、一緒に住んでいる親戚の中には
どこの誰で、いつ現れたかわからない人間が
沢山いるの。顔を合わせた事が、一度も無い
とか、珍しくないわ」
「他人が住んでるかもしれないぞ。昔から、君
の家には行きたくなかった。得体が知れない
人間がウヨウヨいるし、誰が使用人なのか
も、そのランクもはっきりしない。
トイレが四十もあるのに、いつも探しあぐね
て粗相しそうになるし、なんとか辿り着いて
も、掃除してなくて不潔そのものだ。使用人
が百の単位でいるはずだろう?バレなきゃ
いいとばかり、どこも掃除されてやしない。
子供エリアに運ばれてくる食事は、冷めてる
か乾燥しきってる。2日前のパーティーの
残り物が、平然と、銀の盆で登場したりな。
何でも揃っているはずなのに…ジュースを
こぼした時の手拭きタオルだとか、宿題を
する為の鉛筆だとか、指のささくれが痛む時
の絆創膏だとか、何でも無い物が、無い!
つまり…手近に無い。頼む人もいない。
いつも我慢だ。君たち一族は、常識がない」
「あなたの一族だって、似たようなものだった
わ。マグダラが変えるまでは。彼女は全てを
変えた。ある時を境に」
「そうだな。いや、長い夜になりそうだ。
幼馴染みとの話は尽きないね。まずは座って
落ちつこう。僕は酒を飲まないが、君には
ダルモアを用意してある。アンゴスチュラ
ビターズを2滴垂らしてね。好みが、変わっ
てないといいが。クリスマス・ローズの部屋
でいい?」
「マグダラの部屋だったわね」
「ああ。でも、母は、あの部屋を好きでなかっ
た。亡くなるまで、2、3回しか訪れていな
いはずだ」
「マグダラの居場所は、いつだって一つだけ。
レイシーがいる場所。ところで、彼女は?」
「室内プールで泳いでから、眠ると言ってた。
あの子には、長い1日だったからね」
「良かったわ。滅多に無い事だし、今夜は、
二人きりでいたいの。邪魔されたくない」
「レイスは、気遣いのある子だ。そんな…」
「もちろん、レイシーは良い子よ。問題は、
あなた」
「僕?だとしても、君に何の関係がある?
何も知らないくせに、君は…」
「部屋に入っていいかしら?それとも、お帰り
はあちら…と、追い出されるの?」
「…」
「ライル?」
「ああ…もちろん、入ってくれ。どうか…座って
ごめんよ、アマンダ。僕は、どうも短気で
いけない。どうして、君が我慢できるのか、
僕と友達でいてくれるのか、わからないよ」
「あなたは、いつも短気なわけではないからよ
レイシーの話をしてる時だけだわ。レイシー
の事となると、人が変わってしまう。
だから、聞きたいのよ、話したいの。
いくらでも癇癪を起こせばいいし、礼儀知ら
ずな物言いをすればいい。私は、幼馴染みと
いうだけではないわ。あなたを怖がらない、
強い人間なの。心配しなくていいし、謝らな
くてもいい。貴重な存在でしょう?」
「本当に…そうだな。で?何を聞きたい?」
「レイシー…レイシーの事。ねえ、ライル。
レイシーって、何者なの?」
「今更、それを聞くのか?」
「わからない事を聞くのは、何時だろうと恥ず
かしい事ではないわ」
「なぜ、今までに聞かなかったのだ?」
「考えていたから。レイシーは、あなたにとっ
て、どんな存在なのか。マグダラにとって、
どんな存在なのか。大体、見当はつけたわ。
後は、あなたから、答えを聞きたい」
「どう答えればいいのか、わからないよ」
「じゃあ、こちらから質問してあげるわ。
まず、マグダラの事から」
「母の話?そこまで、遡る必要があるのか?」
「マグダラ。あの人こそ、全ての始まりよ」
「マグダラは、なぜ、あんなにもレイシーを…
なんて表現すればいいのかしら。溺愛なんて
いう言葉じゃ、甘すぎる。実の子でもないの
に、レイシー、レイシー、レイシーって、
そればっかり。血が繋がっている子供は、
あなたなのに。実子を差し置いて、レイシー
ばかりチヤホヤして、変でしょうが。
毎日がレイシーの為に始まって、レイシーに
仕える事で過ぎて、レイシーを見守って終わ
る。レイシーが、マトモで良い子に育ったの
が不思議なくらいよ。何でも出来る財力に
加えて、彼女が歩いた地面を拝まんばかりの
愛情…というか、あんなに小さい子供には
不似合いな…敬愛?愛情の爆発…うーん、
愛情の爆風?閃光?なんか、破滅的なの。
レイシーは、甘やかされて、暴君になっても
おかしくなかったわ。私は独身だし、子供も
いないけれど、それでも、良くない子育てだ
とわかる。ここに来た時、レイシーは幾つ?
五歳?」
「四歳だ」
「レイシーが来て、全てが変わったわ。
それまでは、私、マグダラのお気に入りだっ
た。いつも、家に呼んでくれて、とても親切
だった。あなたの世話は、子守りと家庭教師
と、子育てアドバイザーに任せきりなのに、
私が遊びに行くと、マグダラご自身がご降臨
下さる」
「今、思うと、あなたと私が、仲良くなれる様
に、マグダラは心を砕いていたのね。将来、
一族のビジネスを継ぐのは私だと見抜いて、
だから、あなたとの絆を作るのが必要だった
のよ。幼馴染みの状態を作り出そうとしてた
ビジネスの為に、子供まで利用する。
マグダラは…見かけは、優しくて穏やかな人
に見えたわ。カールした栗色の髪。薔薇色の
頬に、暖かみのあるグリーンの瞳。
でも、それは見せかけだけ。
本当は、冷酷な人よ。最低!」
「小さい頃から、僕は、君が好きだったよ。
君が家に来る時は、母もいる。優しく世話し
てくれ、話を聞いてくれる。オヤツを出して
くれるし、手を握って…微笑みかけてくれる
そりゃ、なんか変だと感じてはいたさ。でも
例え不自然でも、それでも、僕は嬉しくて、
そこに意味があったんだ」
「レイシーが来て、マグダラは豹変したわ。
しばらくは、混乱して辛かった。自分が、
何かまずい事をして、マグダラに嫌われたと
思ったから」
「ずっと付き合いは続いていたじゃないか。
誕生日パーティーやお茶会には、必ず君を
招待していたよ」
「数百人の客の一人としてね。
家族の輪には入れてくれなくなった。内輪の
集まりには、二度と呼んでもらえなかった。
マグダラの頭は、レイシーで一杯で、私の事
完全に忘れてしまったのよ。
あなたを、また、身近に感じられるように
なったのは…親しく付き合えるようになった
のは、マグダラが死んでからよ。でなければ
私は、永遠に、あなたを遠くから見つめてい
るだけだったでしょうよ。
20歳で母親を亡くしたあなたに、こんな事を
言ってはいけないのかもしれないけど、私、
マグダラが大嫌い!」
「僕の中の、母のイメージはずっと…ドレスや
スーツで決めた後ろ姿だった。
いつも、背を向けている。顔は曖昧な記憶し
かなくて、どんな声かも知らなかった。
仕事、仕事で、僕の傍には決していなかった
でも、寂しかったかなあ?辛かった記憶は、
あまり無い。母を尊敬していたし、そういう
ものだと、思っていたからね」
「馬鹿馬鹿しい、嘘つき」
「は?」
「寂しかったに決まってるでしょ。誤魔化すの
は止めて、ライル。正直に話しても、傷つく
人は、ここにはいないのよ。心配しないで、
大丈夫よ。本心を話して」
「嘘はついていない。レイシーが来るまで、
僕は、自分がどれだけ孤独なのか、気がつい
ていなかったんだ」
「レイシーが来て…マグダラのイメージは変化
した?」
「ああ、変わったよ。すごくね。
平日は相変わらず仕事だったけど、5時には
帰ってくる。休日は、1日中、僕らの傍にい
て、ピクニックしたり海で泳いだり。
食事も一緒にしてくれるし、話も聞いてくれ
るし、子守り歌も歌ってくれる。病気になれ
ば、看病もしてくれるんだ!
レイスが来た時、僕は10歳だったからね。
子供っぽいと言われるかもしれないが、
嬉しかったな。幸せだった。
父も、よく姿を見せるようになったし、母と
親しく顔を合わせてもいた。
レイスのお陰で…本当の家族になれたんだ」
「マグダラの、イメージを聞いたんだけど」
「イメージ…そうだなあ。
レイスを見つめてる。痛いくらいの愛情でね
僕は、少し離れた所から見守っている。
母は、視線を感じて微笑み、僕を手招きする
僕は、また少しだけ近づく。そして、また、
二人を見守るんだ」
「普通…嫉妬するんじゃないかしら?片方の子
だけが、可愛がられていたら。しかも、実子
はあなたなのに、レイシーが愛情を独占し
ている。普通は…そう、普通の子なら、憎む
と思う。激しい憎悪に駆られる筈よ。
ライル、あなたはレイシーを憎まないの?」
「とんでもない!そんな事、考えた事もない。
どうして、僕がレイスを!?下らん。
憶測で、エセ心理学者みたいなマネをするの
は、やめた方がいいぞ。
レイスが来て…母は変わった。もう、後ろ姿
ではなくなった。触れれば、暖かくそこに
存在する。僕にも、優しくしてくれたんだ。
兄妹差別など受けてない。僕とレイスは、
そもそも、兄妹ではないのだし」
「そうかしら?私、地元のデパートの子供服
売場で、マグダラとレイシーを見た事がある
のよ。レイシーが…七歳くらいの時。
店の在庫全てを買い占めてたわ。有名な話よ
文房具でも靴でも絵本でも、レイシーの物と
なると、マグダラは、店全体、丸ごと買って
しまう。一方、あなたはどう?子守りが選ん
で、常識的に買った物ばかり。マグダラと
買い物に行った事ある?」
「僕は男だよ、アマンダ。一緒に買い物なんて
楽しめないさ。だから、母も…」
「映画は?観劇は?遊園地やら水族館は?」
「残念でした。ちゃんと一緒に行ったよ」
「レイシーが、あなたと一緒にいたがったから
でしょ。レイシーの希望は絶対なのよね、
あなたも、マグダラも。誤魔化さないで。
ちゃんと答えて、ライル」
「何を答えろと?」
「兄妹差別は、あったのよ。でも、なぜ?
マグダラにとって、あなたとレイシーは、
どう違うの?」
「…。」
「ライル?」
「今の今まで、考えてみた事もなかった。
でも、なんとなく、わかる。
僕は、後継者となる可能性が高い子供だ。
昔から連綿と、ただ続いていく、一族の…
恐るべき仕事を、引き継ぐ運命が待つ。
甘やかして、溺愛して…そんな育て方は…
例え、どんなにそうしたくても、母は出来な
かっただろう」
「レイシーは?」
「レイシーは一族ではない。血の繋がりがない
負わねばならぬ責もない。
可愛がりたいだけ、可愛がれる。甘やかした
いだけ、甘やかせられる」
「ライル…あの子、何者なの?レイシーって、
誰なの?今は成長して、あんなに美しく
なって…でも、私は、あの子が怖い。今も
ここに…あなたと私の間にいる気がして。
マグダラとあなたの間にもいた。
レイシーって、何者なの?」
「怯えた様に話す事じゃない。シンプルな事情
なんだ。驚く事じゃないよ。
レイスは、短期里親プロジェクトで、うちに
来たんだ。それだけだ、それだけの事」
「ずいぶんと強調するのね。そのプロジェクト
の事、話してちょうだい」
「当時、よく行われていた企画なんだ。
家庭の事情で、短期間、施設に暮らしている
子供を、里親として預かり、数ヶ月ほど、
一緒に暮らす。家庭生活を忘れない為…だそ
うだ。やがて時期がくれば、子供は親元に
戻っていく。当時、裕福な家庭ではね、
ボランティアとして、このプロジェクトに
参加するのが、ほとんど義務化してたんだ」
「レイシーは、親元に帰らなかったの?」
「母は…母は…レイスを見たその瞬間から、
あの子を…愛した。心から、深く愛したんだ
狂おうしい気持ち…それはなにも、男女の間
の愛だけとは限らない。
母にとってレイシーは、自分の全てを変え、
人生を支えてくれる愛、幸せを運んでくれる
愛だったんだろう。自分という存在を救って
くれる愛の形が、レイシーの形をとっていた
のだ。僕には、よく、わかるよ」
「なぜ、レイシーなの?理由は?」
「アマンダ。君は、人を愛する時、人を求める
時、必ず理由があると思うのかい?無い時も
あるのさ。
母も、うまく説明できなかったから、施設の
人達との話し合いはしなかった。直接、
レイシーの、実の母親を訪ね、その同意を得
て、正式に我が家の養子にした。このあたり
の事情は、もちろん、レイシーも知ってい
るよ。四歳になっていたからね。自分が養子
だという事はわかっていたし、大きくなって
から、母はきちんと説明したから」
「あなたのお父さんは?賛成したの?」
「さあ…知らんね。反対ではなかったんだろう
一族の業務の中心は母で、会社の社長である
のと同時に、絶対の権力者だ。父は、能力
ゆえに選ばれた補佐に過ぎない。家庭にも、
それが持ち込まれていた。父は、母に反対で
きない」
「レイシーの、実の母親って、どんな人?
どうして、居場所がわかったの?」
「母が、お抱えの探偵に調べさせ、探り出した
レイスの、実のお母さんは、シングルマザー
でね。レイスを一人、部屋に置いて、1日中
働いていた。気の毒に、過労で倒れて入院し
てしまったんだ。そこで、健康が回復するま
で、レイスは施設に入った。親族は疎遠だっ
たらしいから、行き場がなかったんだよ。
母は、すぐに、レイスのお母さんを最高級の
療養所に入れ、退院後に移れる豪邸をも用意
した。加えて、先までずっと不自由なく暮ら
せる資産も、贈与してあげた。なんといって
も、レイスを産んでくれた人なんだからね。
敬意を表して、それくらいは…ね。
レイスのお母さんは、賢い人で、すぐに同意
が得られたんだ。レイスを養子にもらえて、
彼女は、正式に母の子供になった」
「お金で、子供を買ったって事?」
「な、何て事を…どうして、君は、そんな汚わ
らしい発想しかできないのだ?
実の親と里親が、話し合い、子供にとって
一番、良い道を選んだだけじゃないか。
レイスのお母さんは、子供の為にと涙を飲ん
で、母にレイスを託した。さもなければ、誰
が、あんなに愛しい、素晴らしい子供を手放
すものか。レイスのお母さんは、清らかで
優しく、天使の様な女性だったそうだ」
「マグダラが、そう言ったの?お涙頂戴もいい
所だわ。その後、実の親は、レイシーに面会
しに来た?」
「それは、しない約束だった。レイスを、混乱
させたくないからね」
「優しい女性が、なぜ、そんな真似が出来るの
よ?」
「よく知りもしない人の悪口は、やめたまえ。
レイスのお母さんは…ただ…若くて不運だった
それだけだ」
「変な話よね。継子虐めの話なら、昔話には、
よくあるわ。それが、溺愛話とはね。滅多に
ない。ダメよ、ライル。マグダラのやり方を
引き継いではダメ。絶対にダメよ」
「何を言ってる?何の話だ?」
「代理型…」
「は?何?」
「お腹が空いて辛いなら、食べ物を食べれば、
苦痛はなくなるわ。でも、食べられない事態
に追い詰められていたら?
代わりに誰か…選んだ特別な誰かに、食べ物
を与える手もあるわ。その人に、食べ物を
沢山与えて、与えて、幸せな顔を見ると、
まるで、自分が食べている気持ちになれる」
「何を言っているのか、全然わからない」
「愛情、労り、癒し、思いやり…それも同じな
のよ、ライル。
レイシーにそれらを与える事で…自分も与え
られている気分になれる。その内、中毒して
しまう。レイシーが望んでもいないのに、
労り保護しようとする。自分が、欲している
からなのよ。止められない」
「何の話だ?やめてくれ、アマンダ」
「止めないわ。
マグダラは、まだ良いのよ、ライル。
彼女の役柄は母親。同性だし、年齢的にも相
応しかった。
あなたは、違うわ。レイシーの気持ちを考え
た事ある?レイシーにとってのあなたを?
若くて、すごいハンサムで、優しくて、大金
持ち。心から愛してくれ、大事に、大切にし
てくれる男性…あなたにとって、レイシーは
何なの、ライリー」
「さあ…難しい…そのように…考えた事がない。
どうだろう…わからない…ただ…ただ…大切な
掛け替えの無い…」
「あなたもマグダラと同じ。苦しんでる。辛い
のよね。一族の仕事…その非情さ、残酷な
側面が…」
「何が側面だ。全体丸ごと、冷酷極まりない
所行じゃないか。君は辛くないのか?」
「運命よ。生まれた場所を受け入れたら、私は
悩まない」
「僕は辛い…」
「だったら、きちんと逃げ出す方法を探すべき
だわ。辞めるべきなのよ、どんなに危険でも
人ひとりの人生を、利用してはいけないわ。
ライル!レイシーは、癒しアイテムではない
のよ!」
「どうすればいいのか、わからない…。幼い頃
からずっと、一族の仕事を学んできた。
勉強から人との付き合い、食事の仕方から
スポーツ、音楽…僕の人生の全ては、一族の
仕事を率いる為だ。今更…どうしようもない
逃げ出すなど…裏切りだ。卑怯だ。仕事は
定められた義務だ」
「幸せになるのが、人間の義務よ。不幸なら、
逃げ出さなくてはいけないのよ。
今のままでは、あなたはダメになる。廃人に
なるわ。
私も、出来るだけ力になる。レイシーにも
話すのよ、ライル。あの子は賢い。必ず
助けてくれるわ」
「レイスに?あの子には、話せない」
「なぜよ?」
「僕がレイスを守る立場だ。助けるのは僕で、
レイスじゃない」
「マグダラが、守りなさいとでも言ったの?」
「いや。僕とレイスの関係に、母は口を出した
事はない」
「酷い人ね、ライル。あなたは」
「僕が?」
「もう夜明けね。私は帰るわ。よく考えてね、
ライル。そして、忘れないで…どんな時も、
私はあなたの味方よ。あなたの為なら、何で
もする」
「ありがとう、アマンダ…気持ちは有難いよ」
「…。」
「…。」
「この家、ホールの壁から、海の底が見れるの
ね。改装したの?」
「ああ…レイシーは、海が好きだから」
「レイシーが、頼んだの?」
「いや…ただ…喜ぶかなっと…」
「で?喜んだ?」
「いや、ああ…どうなんだろう…た、たぶん…」
「レイシーの事も…ちゃんと考えて。本気で、
想ってあげてよ。あなたが幸せな人になれ
ば、今のレイシーは必要ではなくなるわ」
「なんだって?」
「あなたが今、見ているレイシーは、あなたが
見たいレイシーだという事。本当のレイシー
は、あなたが思うのと、たぶん全然、違う人
だわ」
「…。」
「それじゃあ、またね、ライリー」
「ああ…また…アマンダ」
「レイス?」
「ひっ、驚いたわ、ライリー」
「ごめんね。でも、僕も驚いた。まだ、夜が
明けたばかりなのに、どうしたんだい?
何をしてるの、レイス?」
「散歩」
「外出着じゃないか。嘘はいけないな」
「ライリー…」
「ああ、わかってる。干渉し過ぎだよね。
どうして、こうまで心配性なんだろう。
君は、僕の宝だから、レイス…」
「いいのよ、ライリー。アマンダは、もう
帰ったの?」
「ああ。僕の事を、ずいぶん心配している」
「彼女は、あなたの事を、よく知っているの
ね。私は何も知らないのに」
「君のせいじゃない。知って欲しくないんだ。
本当に大事な人には、話せない事もあるよ」
「そうね。でも、私にも出来る事があるわ。
あなたの為に、出来る事が」
「そのままの君でいてくれれば…」
「私と一緒に逃げて、ライリー」
「え…?」
「失踪するのよ。全てを捨てて。二人だけで、
どこか遠くへ行きましょう」
「そんな…」
「断ち切るのよ」
「僕と君には、無理だ」
「どうしてなの」
「え…その…そう、仕事が…」
「辞めたら、口封じに殺されでもするの?
私が知らないだけで、あなた、マフィアなの
ライリー。さもなきゃ、殺し屋?」
「違う。もっと恐ろしい姿をしてる。君の前に
いる男は」
「あなたは、まだ26歳。私は20歳。諦めるのは
早い。私と一緒に消えましょう、ライリー」
「無理だよ…だって…そう、お金がなければ、
贅沢させてあげられないし…」
「私が、貧乏など恐れると思うの?二人とも、
教育は受けている。普通の生活はできるわ」
「色々と、複雑な手続きもあるし…何年かかる
かわからない…」
「あなたを不幸にしている相手に、誠意なんて
尽くさなくていいわ。全てを捨てるの。今
すぐ逃げるの」
「レイス…」
「あなたの為だけじゃないのよ、ライリー。
私、もう、こんな生活、耐えられない」
「何て事だ。君は…不幸なのか、レイス?」
「ずっと大事にして貰ったわ。不幸とは違う。
本当に欲しいものが、手に入らないだけ」
「教えてくれ、レイス…君が、本当に求めて
いるものを…」
「あなたよ、ライリー。私が求めているのは、
あなた。あなた、だけ」
「僕?僕など、もう手に入れているじゃないか
レイス。僕の全ては、君のものだ」
「違うの、そうじゃなくて…ああ、もう嫌。
私と来て、ライリー。行こう、一緒に」
「待ってくれ、待って…すぐには…とても…」
「怖いのね」
「だ、大丈夫。心配しないでいい。僕に任せて
くれれば…」
「心配なんて、してない!」
「少し、考えさせてくれ、レイス」
「もちろんよ、待つわ。でも、長くは待たない
わよ。私達は、若い。だからこそ、時間が
無いの」
「わかった。決断する。約束するから…」
ライリー編その3に続きます。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
「ヘルズスクエアの子供たち」がお気に入りの
作品です。