あなたのバービーは何を語る?⑧後編
「このドレスに着替えて、ジニー。
つなぎ姿で、パーティーに潜り込むわけには
いかないからね」
「持ってきてくれたんですか?わざわざ…」
「帽子以外は、楽なものだったよ。潰れていな
ければ、いいんだけどね。女性の帽子だけは
どうにも苦手だ」
「サンディは?」
「僕はこのままでいいんだよ。さ、早く」
「どうですか?」
「美しいよ、ジニー。とても綺麗だね」
「自信ないですけど…」
「大丈夫だよ」
「この生け垣を潜り抜ければ、そこがゴールだ
ここまで来てバレたんじゃ、泣くに泣けない
慎重にね、ジニー。覗いてみてごらん。
辺りに人はいない?」
「誰もいません」
「よし、一気に向こう側に!」
「やったわ!でも…ここ、本当にパーティー
会場なんですか、サンディ。美しい庭園です
けれど、人もいないし、何もないわ」
「実はね、ジニー。ちょっとした嘘をついたん
だ。ここは、まだ会場ではない。
パーティーは、ここから十分ほど歩いた所
で開催しているよ」
「え?まだ、そんなに先?」
「じゃあ、サンディも早くこっちに来て」
「ここでお別れだよ、ジニー。僕は行かない」
「え?え?」
「もうしばらくすると、リンという子が現れる
憶えているかな?遊園地で会った子だよ」
「ああ…赤毛の…とても綺麗な…」
「リンが、全て説明してくれるから。
じゃ、僕は帰る」
「そ、そんな…一緒に行ってくれるとばかり…」
「ジニー。よくお聞き。
僕はね、今回、自分勝手に行動することにし
たんだ。君がどう思うか、どう行動するのか
知った事ではない。自分が良かれと思った事
を独断で進め、後は放っておく」
「サンディ…そんな人じゃないでしょう…」
「ところが、今は、そんな人なんだ。
後は好きにしたまえ。君の判断でね」
「どうしたらいいのか…わかりません…」
「とりあえず、リンと会ってみればいい。
彼女に、この手紙を渡しておいてくれ。
じゃあね」
「待って!行かないで!」
「怖がるなんて、おかしいな、ジニー。
これが世の中だよ。勝手にカードを配ってく
る奴らばかりだ。
君の周りにもいるだろう?
それでいいんだ。
カードを捨てるも、うまく使うも、君次第。
自己責任になるんだ、よろしく」
「困るわ…サンディ…サンディ…」
「僕は困らない。さよなら」
「あっ…」
「勝手にカードを配る奴…?私の周りにも…?」
「ちょっと、ちょっと、ヤッホー!ジニーって
いう子、ここに来てるう?」
「え?え?はいっ、ここです!」
「ここって、どこよう?」
「こっちですっ」
「見えないわ、右?左?前なの、後ろなの?
まさか、上?」
「そんなわけがないでしょう…」
「こっちかな?」
「ちょ…どこに行ってますか!?逆です、
そっちじゃありません!」
「ああ、そこだったのね!今すぐに行くわ。
こちらから回り込めば…」
「方向音痴な方…」
「あれ?ジニーがいないわ!どこ?どこ?」
「ここにいます!どこをどう見たら、
そっちの方角に進むんですか?」
「文句言うなら、あなたから来てよ、ジニー」
「わかりました…動かないで下さいね!」
「万歳!巡り会えたわね。ジニー、憶えてる?
私、リンよ」
「あの…お久しぶりです…憶えてます」
「サンディから話は聞いてるわ。手紙、預かっ
てるでしょ。頂戴」
「これかしら?」
「天下のサンディの署名入りか。全てのドアを
開く鍵ね」
「サンディ…逃げちゃったんです」
「そりゃ、逃げるでしょうよ。社長に見つかっ
たら、大変だもの」
「社長って…?」
「シェ・デュアンヌの社長。国内トップの
モデル・エージェンシーなの。私も、そこの
モデル」
「すごいですね」
「でもないわ。コネで入ったから。確かに私は
完璧だけど、それだけでは入れないのよ」
「でも、どうしてサンディは、社長から逃げて
いるんですか?」
「歩きながら、話しましょ。
なんでも以前、社長はサンディに助けられた
事があったみたいで、恩を返したいみたい。
ただ、どうかな…単にサンディに夢中になっ
てるだけかも。あそこまで、ハンサムな人も
そういないものね、フフフ。
でも、サンディは、付きまとわれるのが、
好きではないから」
「ああ…また、そのパターン…。社長さんも、
サンディが嫌がっているのなら、止めればい
いのに」
「あのねえ。サンディの欠点はね、人を必死に
させすぎちゃう所なのよ。社長は、サンディ
の為なら、どんな事でもするわ」
「ちょ…ちょっと待って下さい。そもそも、
あなたが協力しているなら…パーティーの
主催者と仲がいいなら…サンディ、なぜ、
わざわざ『もぐり』なんか?
正面入り口で、あなたと私を引き合わせて、
帰ってしまえば、それで済んだのに。
あんなに苦労して、疲れて、汚れて、時間を
かけて『もぐり』をする必要なんかなかった
わ。なぜ…そんな事を?」
「あなたを、よく知る時間が欲しかったのだと
思うわ」
「それだけの為に…」
「サンディは、そういう人だから」
「…。」
「ところで、あなた、仕事を探しているのよね
モデルになってみない?」
「私なんて、無理ですよ。採用されません」
「あなたは綺麗で、スタイルもいいわ。
それに、サンディの紹介状があれば十分。
トップ・モデルになれるわ」
「絶対に無理です。なんで、私が?」
「逆に、なんで、あなたじゃいけないのよ?
いい?トップクラスのエージェンシーの社長
が、売り出すと決めて本気を出せば、誰でも
スターになれるのよ。もちろん、大変な仕事
だし、厳しい訓練があるけれど」
「それは構いませんし…モデルのお仕事にも
憧れます。でも…なんか…」
「社長から見れば、あなたは、大切なサンディ
からの、大切な預かりものよ。厳しいお稽古
はあっても、大事に扱ってくれるわ」
「でも、それは、サンディの力でしょう?
私の実力じゃない。ズルみたいで…」
「ハハッ!ずいぶんエラソーね」
「そんなつもりじゃ…」
「実力うんぬん、言えるレベルだとでも?
最初は、みんな、誰かの手助けや後押しから
始めるのよ。サンディに巡り会えて、本当に
ラッキーだった…そう感謝すればいいの」
「感謝って言えば…大変!」
「何よ?いきなり」
「私…サンディの連絡先を知らないんです。
どうやって、お礼を言えばいいのかしら。
連絡先、教えて下さい」
「必要ないわ」
「でも…」
「もし、あなたと、これからも友達付き合いを
したいと思っているのなら、サンディは、
必ず、連絡先を教えたはずよ。うっかり忘れ
るなんて、絶対にしない人だから」
「私と会いたくないって事ですか…?」
「ま、そうでしょうね」
「…。」
「…。」
「私…お仕事、頑張ります。サンディが誇りに
思えるような、そんなモデルになります。
そうしたら、きっといつか、また会えます
よね?」
「ええ。そう思うわ」
「サンディと会う為に、私、努力します。
リンさんも、力を貸して下さい」
「他の人の為かと思ったわ…」
「え?」
「なんでもない。大丈夫よ。私に出来る事は、
何でもして、あなたを助けるわ。
私にとっても、あなたは、サンディからの
大事な預かりものなのだから」
「サンディの欠点…わかります。
もう、居てもたってもいられない気持ち」
「そのガッツで、明日からいきましょう」
次は、バービー・シェモーナさんのお話です。
お楽しみに。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
「いつもの帰り道」「ヘルズ・スクエアの
子供たち」など。
覗いてみて下さいね。