あなたのバービーは何を語る?⑧中編
「ジニー…ジニー!」
「ふあぁ…うーん…」
「良かった、生きてる…ジニー、ジニー、ホラ
起きて起きて」
「うーん…う…ん?あ…れ?」
「もう、さすがに起きなさい。午後1時半を
とっくに過ぎてるよ」
「あなたって…あ…遊園地の…え…サンディ!」
「覚えておいてくれて、ありがと」
「まだ、寝ぼけていて…おはようございます」
「おはよう。でも、もう午後2時近くなんだ」
「そんなに?寝過ごしちゃいました」
「睡眠をしっかり取るのは良いことだ。でも、
公園のど真ん中で、派手な寝袋にアイマスク
で…となると、少なくとも、普通とは言えな
いよ。何してるの?」
「私、その…今は、住む所が無いんです」
「どうして?」
「一週間前、家出してきたんですけど…お金を
ほとんど持たないまま、出たので…」
「それは知らなかった。大変な状態だったんだ
ね。気がつかなくて悪かった」
「いえいえ…私がいけないんですもの。家の
お金をこっそり使ってしまって、家族に叱ら
れたのは、私なんで…」
「それで家出を?」
「いえ…別にそういう訳では…。そこまで怒られ
てないというか…父なんかは、かなりお説教
しましたけれど、家出するほどじゃ…」
「だったら、なぜ?」
「恋人を探しに来たんです。でも、手掛かりが
全然なくて…ウロウロしている内に、僅かな
食べ物を買うお金もなくなって…あなたに
会った時には…丸一日、何も食べてなくて」
「ずいぶん複雑な話みたいだね。ひとまず、
あそこの水道で顔を洗って…トイレで、この
服に着替えて、さっぱりするといい。大丈夫
見張っていてあげるから。それにしても…
若い女性が、人もまばらな公園で、寝袋で夜
を過ごすなんて…危険極まりないよ」
「他には、どうにもしようがなかったんです。
家出する時、持ち出したのが、寝袋とお菓子
ぐらいだったから」
「よしんばキャンプだったとしても、それでは
準備不足だね。水筒が無いもんね。怖い目に
会ったりしなかった?」
「いえ…別に。どうしてです?何か出るんです
か?この公園…」
「そういう意味じゃない。さあ、服を着替えて
きて」
「これに?」
「新品ではないけど、清潔だよ。『もぐり』に
必要なんだ」
「ああ…そうでした…。『パーティーもぐり』
の方法を、教えてくれるんでしたっけ…」
「そんな事をしている場合じゃなさそうだね」
「いえ、いいんです。今日する事はないし、
行く当てもないし。私の彼は行方不明の
ままだし、出来る事もないし…つまり…その
どうせ、何も無いんです、今日は」
「わかった。じゃあ、予定通りに行動しよう。
簡単なブランチセットを持ってきたんだ。
この『もぐり』は、時間がかかるからね。
食べておいた方がいい」
「ええ…ありがとう…。すごくお腹が空いてたん
です。早く食べたいわ。着替えてきます」
「こういう服は、初めてで…でも、着心地が
とてもいいわ。似合います?」
「それは良かった。可愛いよ。さあ、食べて」
「美味しそう。いただきます」
「元気が出たみたいだね。じゃあ、出発だ。
今日、潜り込むのは、レインボー・クラブ。
そこの中庭で、ゴージャスなパーティーの
催しがあるんだ。警備が厳重で、侵入者に
手荒い。ベテランの『もぐり』でも、苦労
するレベルだよ」
「頑張ります。それに、良く考えたら、彼に
会うチャンスかも。彼は、有名人専属の
フリーカメラマンなんです。今月もね、
マドンナや、マイケル・ジャクソン、
ケニー・ロジャースの撮影があるって。
それ、誰かしら…でも、有名なんでしょう?
ゴージャスなパーティーにも、よく仕事で
行くんですって。巡り会えるかもしれない」
「僕の記憶に間違いがなければ、マイケル・
ジャクソンと、ケニー・ロジャースは、
もう亡くなられたと思うけどね」
「そうなんですか?だったら、別の人かも…」
「会えるといいね。さあ、出発だ。この公園
の、まずこの茂みを潜り抜ける。途中に、
寝袋を隠していこうね。かなり深い林に続く
から、距離があるよ」
「わかりました、隊長」
「しっかりついてきたまえ、ジニー隊員」
「結構、大変でしたね」
「やっと抜け出したね。少し休憩しよう」
「喉がカラカラ」
「水筒の中にレモネードが入ってるから、
どうぞ」
「リュック、重そうです。持ちましょうか」
「中身は軽いんだよ、大丈夫」
「優しいんですね」
「君の恋人はどう?優しい?」
「とっても。それにすごくハンサムなんです。
あなたも…その…すごく…その、ハンサムです
けど、全然、違うタイプというか…」
「彼の名前は?僕も知っているかもしれない」
「ジョン・スミス」
「…。」
「ご存知ですか?ここらへんの出身みたいなん
ですけど」
「いや…残念だけど、知らないな」
「いいんです。彼、ものすごい有名人の仕事
しか受けないし、大金持ちとしか付き合いが
ない人だから…。宇宙に行ったり、深海の
写真を撮ったり、私達、普通の人とは、別の
世界の人ですもの」
「すごい人だね。だけど、不思議なんだ。君か
ら見ると、彼は行方不明な訳だけど、彼から
見ても、君は一週間以上も行方不明だ。心配
じゃないのかな?連絡したら?」
「携帯はアマゾン川で落としたんですって。
その後は、エジプトのピラミッドに行って
今は、どこにいるのか、はっきりとは…」
「ちょっと待って。マイケル・ジャクソンの
写真を撮りに行くっていうのは、どうなった
の?エジプトなの?マイケルなの?どっちな
の?さっぱりわからないんだけどね」
「エジプトに、マイケル・ジャクソンがいるん
じゃありません?」
「なる…ほど…かもしれないね。それはそうと、
次は、この草原を突っ切るよ」
「レインボー・クラブって遠いんですか?」
「街中の、普通の道を通り、堂々と正門から
入るなら近いよ。せいぜい、15分かな。でも
それじゃあ『もぐり』にならないよね?
『もぐり』というのは、人が知らないルート
を使って、人に気づかれずに会場に入り込む
ことだ。遠回りにはなるね、すごく。出来る
かな?」
「ええ…だって…ここは…本当に美しい場所です
もの」
「確かに。そうだね」
「疲れたね。少し、休もうか」
「私は平気ですけど…サンディ、疲れやすい質
みたいですね。座って下さい」
「ありがとう。風が気持ちいいね」
「草の香りって、いいですね。爽やかだわ」
「彼の話の続きを、聞かせてくれない?嫌で
なければ」
「不思議だわ。ここに…広々とした自然の中
にいると、素直に話したくなる。
とにかく…彼と連絡は出来ない状態で。ただ
この町が、彼の生まれ故郷だと知ったんで、
ここに居れば、いつかは会えるかな…と。
お金があれば、エジプトまで行ったんですけ
ど」
「君なら行きかねないな。ここが、彼の出身地
だって、よくわかったね」
「よくわからないんですけど…」
「だって、君はたった今…」
「デートの後、彼を尾けた事があって…」
「やれやれ…女の子って、よくよく尾行するも
のなんだな。
世の男性は、もっと背中に気をつけないと」
「え?」
「いや、失礼。独り言だよ。それで?」
「この町のアパートに帰って行ったから」
「だからって、出身地だとは…て、そんな事よ
り、アパートを知っているなら、そこに行け
ばいいんじゃないの?」
「行ってみました。今はもう、取り壊されてて
当時から、崩れそうなボロアパートだったか
ら、無理もないわ。
実際、何も無いのに、いきなり崩れたんで
すって。幸い、怪我人はなかったそうです」
「それで居場所がわからなくなって、困ってる
わけか…。複雑だね。
さてと。今度はけっこう大変だよ。この倒木
の山を乗り越える。怪我しないように、気を
つけてね」
「まだ、話の続きがあって…」
「わかってるよ。でも、歩きながら話さないと
日が暮れてしまうからね」
「でも…」
「時には、行動しながら考えた方がいいことも
あるんだよ、ジニー」
「そうします…キャッ、髪が絡まるわ」
「帽子をかぶりたまえ」
「こんな帽子、かぶるのは初めて」
「似合うよ。でも、足元に気をつけて!」
「ジニー。ちょっと気になるんだけどね。
スミス君は、その…そんなにすごい人だと
いうのに、ボロボロアパートに住んでたの
かい?変じゃない?」
「それが…内緒ですよ、これ。政府の仕事をし
ているからなんですって!スパイは、目立っ
てはいけないんだそうです。秘密ですよ」
「スミス君は、実に忙しい人だねえ。大丈夫。
拷問にかけられても、喋らないよ」
「乗り越えたわ!すごい…私、運動はできない
と思い込んでいましたけど、出来るんだわ」
「何事も、思い込んでしまうのは良くないな」
「次は?」
「この流れを渡る」
「崖じゃないですか!大丈夫かしら…」
「君は、自分で思っているより、ずっと強い子
だよ。なにしろ、スパイの恋人なんだから」
「私は平気。サンディを心配しているんです」
「それはどうも。大丈夫だよ」
「ちょっと、待って、ジニー。速すぎるよ」
「こんな事したの初めてだけど、楽しいわ」
「子供の時、しなかった?」
「私、一人っ子で、両親は、ものすごく心配性
なんです。外で遊んだ事なんか、ほとんど
ないわ。お稽古事とかも忙しくて」
「そうなんだ…友達も、そういうタイプ?」
「友達って…いないから…」
「それは寂しいな」
「人見知りで…自分の気持ちとか、うまく話せ
ないんです。でも、沈黙って気まずいじゃ
ないですか。慌てて、話題を作ろうとしては
変な事ばかり言っちゃって…。人とうまく
付き合えない、私、ダメ人間だわ」
「彼とはどう?スミス君とは話せたの?」
「ええ!もちろん!彼は、私が内気でも、全然
構わないって言ってくれた。色々な性格が
あって、それでいいんだって。僕は話すのが
好きだから、君は聞いててくれればいい。
無口な人の方が、僕は好きだ。内気な人の方
が好きだって」
「そうか…」
「ありのままの君が最高だって…そんな事を
言ってくれたのは…彼だけだから…」
「ご両親は?」
「大事にしてくれたけど…全部、私の事を決め
ちゃう。まるで、赤ちゃんみたい。私が何か
ミスするでしょ?でも、私のせいじゃない…
自分たち親のせいだって…なんか違う気が…
もう、大人なのに…ずっと面倒みてくれる気
なんです」
「確かに、それは、ありのままの姿を受け止め
る事ではないね」
「いい人達ですけどね。優しい両親だわ。なぜ
イライラするのかしら」
「なぜだろうね」
「次は、この建物によじ登るんだ。屋根から
飛び降りれば、そこがレインボー・クラブの
裏庭だ。あのクラブは、裏庭の存在を忘れて
いるらしくてね。何年もの間、手入れもせず
に放置してある。うまく忍び込めるんだよ」
「この家の人に悪いじゃありませんか」
「廃屋なんだ。誰も住んでない」
「出来るかしら」
「出来るよ。君にはスミス君がいる」
「そう…彼がいます。彼だけだわ。私を本当に
幸せにしてくれたのは」
「見事に登ったね、ジニー。それじゃあ…」
「待って、サンディ」
「え?」
「少し、屋根の上にいません?もう夕暮れ」
「美しいね」
「とっても」
「…。」
「…。」
「彼は、いい人なんだね、ジニー」
「サンディ…ありがとう…しんどそうなのに…
私の為に…ありがとう」
「いいんだよ、気にしないで」
「…。」
「どうしたの、ジニー」
「彼に会えるかしら…不安だし、恋しいわ」
「そうだろうね。苦しいね」
「これ…」
「何を握りしめてるの?」
「以前、彼がくれた手紙です」
「メールとかLINEじゃないんだね。古風だ」
「メールは記録が残るからダメだって。手紙な
ら、焼けば復元できないから、読んだら燃や
してくれって…でも…そんなこと…三枚だけ、
とっておいたんです…」
「スミス君なら、知っていそうなものだけれど
ね。恋する女の子は、手紙を燃やさないって
ことぐらいは」
「読んで下さい」
「いいの?非常にプライベートな物だと思うん
だけど」
「そうですよね。他の人なら、絶対に見せない
わ。でも、サンディには…見てもらいたいん
です…。なぜか、わからないんですけど。
説明しろと言われても、できないんです」
「そんな事は言わないよ、心配しないで」
「どうぞ…お願い」
「声に出してもいいかい?うんと小声で読むか
ら」
「構いませんけど…なぜです?」
「そうすれば、君も内容がわかりやすい」
「でも、もう何十回も読んでます。暗記して
るわ。内容は、よくわかってます」
「そうかな?」
「え?」
「じゃあ、読むよ。真剣に読むからね」
「ええ…」
「素敵なジニーへ。
お金をありがとう。本当に助かったよ。これ
で裁判を逃れる事ができる。君も知っての
通り、命懸けの仕事をしていると、始終、
トラブルが起きるんだ。頼りになるのは、君
だけだよ。ああ、君はなんて素晴らしい人な
のだろうか。美しいジニー。この埋め合わせ
はきっとするからね。
スミスより」
「最高のジニーへ。
お金をありがとう。アフリカ行きが叶ったよ
しばらく、秘密の任務で会えないが、君の事
は想っているよ。毎日、毎日、どんな時もね
君をいつか、女王よりも幸せにすると誓う。
もっとも、歴史上の女王は、あまり幸福では
ないようだが。金やダイヤや絹やら、どんな
に持っていようと、意味が無いんだ。
君には、もっともっと良いものを捧げたいな
僕の真心、真の愛を捧げるよ。
僕らの恋を、秘密にするのが嫌なのは、よく
わかる。君は、谷川よりも清らかな人だから
でも、僕の立場はわかって欲しい…工作員は
秘密のベールに包まれた恐ろしい仕事だ。
君にも危険が及ぶかもしれない。そんな事に
なったら、僕は生きてはいけないよ。
それに、世間向けにしているカメラマンの
仕事も、有名人ばかりに囲まれてるからね。
ちょっとした事でも、スキャンダルになる。
だから、秘密にしておいて欲しいんだ。誰に
も話さないでくれ。近い将来、必ず、堂々と
一緒に過ごせるようになるからね、約束だ。
輝く美しい朝日がアフリカの地に昇る時、
輝く美しさを持つ君に、遠い空から挨拶を
送ります。
スミスより」
「かけがえの無い、素晴らしきジニーへ。
お金をありがとう。ギリギリのピンチを脱出
できたのは、比類なき美女のおかげです。
(君の事だよ、ジニー)
君の家のお金がなくなってしまったそうだね
本当に本当に、申し訳ない。僕はひどい恋人
だよ。必ず、何倍にして返すからね。お父上
に挨拶に行く時に。誓うよ。
ただ、今は、巨大な陰謀を突き止めたばかり
で、エジプトまで行かねばならない。任務が
終了すれば、巨額の報酬が入るから、君に
お金を返して、まだまだ十分に残るよ。
君にキスの一つもせずに、旅立ってしまう僕
を許しておくれ。でも、僕はだらしがないの
は嫌なんだ。結婚するまでは、お互いに
純潔でありたい。古風かもしれないが。
エジプトの後は、ロシア、イギリス、インド
世界中を飛び回る事になる。いつ帰国できる
かは、わからない。でも、君への愛は、失わ
れはしないし、色褪せもしない。僕の愛は
永遠に君のものだ。僕を信じて待っていて
欲しい。誰にも話さないでね。
いつも変わらぬ愛と感謝を。
さようなら。
スミスより」
「…。」
「素敵な人でしょう、サンディ。私にとって、
初めての恋なんですもの。本当に幸せでし
た…素晴らしい人でしょう?ね?そう思う
でしょう?ね?」
「…。」
「サンディ?」
「ああ…そうだね。素晴らしい恋人だ…ね」
「本当に、そう思います?私のした事、間違っ
てはいないでしょう?大丈夫でしょう?
彼…良い人ですよね?この恋は、正しいので
しょう?」
「恋に、間違っているも正しいも無いさ。人を
幸せにするのは難しいんだ。君が彼といて、
幸せだったなら、彼は…良い人だったんだろ
う。信じてあげればいい」
「でも…私…これから…どうすれば…」
「決まってるじゃないか。彼の帰りを待つんだ
「でも、住む所も、お金もなくて…」
「大丈夫。僕に任せておきたまえ。
仕事を紹介する。大変な仕事だが、真っ当
で、何にも恥じる事のない職業だよ。
君さえ頑張れば、ご両親にお金も返せるし、
生活も成り立つようにしてあげられる」
「やります…何でも…でも…彼は?」
「君がその仕事で成功すれば、彼の方から会い
にくるさ。その時、君が、彼と会いたいかど
うか…それはわからないが」
「どういう意味です?」
「今は、わからなくていい。その内に、わかる
ようになるよ。さて、実はね、ジニー。
その職業を紹介するにも、この『もぐり』は
続けなくてはいけないんだ。
さあ、ここが、レインボー・クラブの裏庭の
ドアだ。鍵は壊れてる」
「ええ…でも…よくわからないわ」
「君は、慣れっこじゃないのかな。よくわから
ない状況に飛び込むのは…ね」
「私、変ですか?」
「人間なんて、みんな変なんだよ」
「あなたも?」
「もちろん、僕も。そして君も。
誰も、それを責められないんだ」
後編に続きます。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
よろしくお願いします。