あなたのバービーは何を語る?⑩ライリー編その1
「おかえりなさい、ライリー。ずいぶん早いの
ね、まだ3時よ」
「アマンダ?久しぶり。今日は調子が悪くてね
逃げ出してきた。君こそ、仕事の鬼が…ここ
で何を?平日は、太陽など目にしない人間だ
ろう?」
「あなたに話があったので、秘書に電話したら
もう帰ったと言うじゃない。慌てて、私も
早退して、帰宅を待っていたのよ。あなたと
違って社長様じゃないけど、あなたと同様、
それぐらいの我が儘は、通せる立場。
夕食に出かけない?」
「悪いが、酷く疲れてる。早くベッドに辿り着
いて、眠りたい。倒れそうだよ」
「こんな広大な庭園など作るからよ。門から家
まで、徒歩一時間。景観維持で車道も無し。
あなたの趣味ではないでしょうに。
花畑に森に、池に川。草原に山に、海。
あの子の為に…次は自宅に、何を持ってくる
ああ…洞窟はもう、あったわね。
庭など、コンクリートで固めてしまえば、車
でビューンと、家まで15分で済むわ」
「ハ…ハハハ。君らしいな。とにかく、今は
仕事の話など御免だ」
「私とあなた、それぞれの一族の仕事は、暗黙
の了解から成り立っているのよ。代々、遥か
昔から。口に出してはいけないの。仕事の話
じゃないわ」
「ならば、訂正しよう。何の話でも御免だ。
僕だって、耐えきれなくなる事はあるさ。
朝の4時から、冷酷無情なビジネスの世界に
いたんだ。これ以上、1分だって耐えられな
い。今はただ…ただ…会いたい…会いたい…」
「何なの、ライル。聞こえないわ。あなた…
大丈夫?」
「ああ…いや…ああ…すまない、アマンダ。僕は
時々、ひどい礼儀知らずになるね。君は元気
かい?うまくいってる?」
「元気かどうか、自分で確かめる事も、出来な
かったみたいね。私達は、隣人…幼なじみ…
仕事のパートナー…なのに、ここ何週間も、
顔を見てないのよ。会社も休みがちだし、
電話も出ないし、メールも無視。心配だわ」
「会社の業績は順調だし、何の問題も無し。
第一、君には関係ない」
「馬鹿げた事、言わないで。確かに、私は、
あなたの会社の人間ではないけれど、社長の
動向は大事なの。我が一族と、あなたの一族
は、切っても切れないほど絡まり合っていて
深い縁でつながれている。私達は、一族内の
競争に打ち勝って、ビジネスを継ぐ立場。
関係ないでは済まないわ。それだけじゃない
私達は、ずっと支え合ってきたじゃない。
共に歩んできたわ。好む好まないに関わらず
いつも傍にいた。
心配ぐらい、する権利はあるわ」
「わかった、わかったよ。君にはいつも負けて
しまうな。オムツ姿の頃から、ずっとね。何
を聞きたいんだい?」
「あなたの顔色が悪い事…目に隈が…それに痩せ
こけて…落ち着きが無いし…具合が悪そうよ。
あなたは、お酒もタバコも麻薬もやらない、
ヘルシー人間。不治の病も、持病も無し。
なのに、こんなにも、やつれ果てて。
あのね、ライル。慌てて話せる事では無いの
時間を取って頂戴。ただし、今日よ」
「今日でなくては、ダメか?」
「引き伸ばせば、機会は失われる。いつも、
そうして逃げるんだから。ダ・メ。今日よ」
「わかった。じゃあ、夕食を…あれ?あれあれ
あれ?あの子は…また!」
「どうしたの、ライル?ちょ、ちょっと!どこ
に行くのよ?そっちは崖よ!」
「レイシー!」
「ライリー!帰ってたのね」
「ライル?ああ…崖下に、レイシーがいたの。
よくわかったわね」
「あの子がどこにいようと、僕にはわかる。
岩場に出てはいけないと、あれほど言っただ
ろう、レイシー!潮の流れが激しいんだ!
溺れたら、どうする!ケイトはどこだ?
ボディーガードのくせに、傍を離れるなんて
クビだ!」
「よく聞こえないわ!怒ってるの?」
「君が、地球を破壊した所で、僕は怒りはしな
いだろうさ、レイス!
でも、危険な事は別だ!砂浜の方に回るんだ
早くしなさい!僕もすぐに行くから。足元に
気を付けるんだよ、レイス、滑るから…ほら
よく注意して…危ない!」
「大丈夫よ、ライリー。すぐに行くわ」
「やれやれ、お転婆さんだ。怖くて仕方ない。
それにしても、ケイトは何をしてるんだ、
全く…忌々しい!」
「ライル、落ち着いてよ」
「え?ああ…。
びっくりさせないでくれ、アマンダ。
まだ、いたのか。こういう事情だから、また
後で。レイシーが…」
「は?何、言ってるの、ライル」
「君も見ただろう。あんな薄着で、水飛沫を
浴びて、レイスが風邪をひく。こんな時の
為に、ビーチハウスに毛皮を仕舞っているん
だ。早く、持って行ってあげないと。
じゃあ、これで。またね、アマンダ」
「ああ、もう…。仕方ないわね。待って頂戴、
ライル。私も行くわ」
「いや、それは、その…。いや、悪いがね、
アマンダ。レイシーが…」
「まだ、予定を立てていないのよ、私達。
それに、レイシーに挨拶してないし」
「大切な家族の時間なんだ。出来れば、遠慮し
てくれないか」
「そうでしょうね。でも、今度ばかりは駄目よ
ライル」
「ライリー、おかえりなさい」
「レイス…レイス…やっと会えた…」
「朝、起きたら、もう、いないんだもの」
「ごめんね、レイス。仕事だから…ごめんね。
何年も離れていた気分だよ。寂しかった?」
「いいのよ」
「ところで、さっきの危険な真似だが、レイス
ケイトはどこだ?」
「こんにちは、レイシー」
「こんにちは、アマンダ。会えて嬉しいわ」
「口を挟まないでくれ、アマンダ。ケイトは
どこなんだ、レイス」
「落ち着いてね、ライリー」
「どうして、二人とも、僕に落ち着け、落ち着
け、と言うんだ?
落ち着ける訳がないだろう!」
「ケイトなら、家の中で、私を探してるわ」
「君が危険地帯にいて、ケイトが、暖かくて
安全な家にいる?どういう事だ?」
「だって…たまには一人になりたいもの…。
だから、三階のトイレの窓から、こっそり
抜け出したの」
「さ、さ、三階の窓から!?な、な、なんて
危ない真似を…レイス!」
「いいじゃない、ライル。レイシーだって、時
には、プライバシーが欲しいわよ」
「君は黙っててくれ、アマンダ」
「お願い、彼女をクビにしないで、ライリー。
私がいけないのだもの。でも…そんなに悪い
事かしら?」
「君は、僕の宝なんだよ、レイス。この世に
一つしかない、唯一無二の宝物に、警備を
つけないバカがどこにいる。
もう二度と、こんな真似をしないと約束して
くれ、レイシー。
そうすれば、ケイトはクビにしないよ、今は
ね、とりあえず」
「レイシーが気の毒よ、ライル。それじゃあ、
脅迫じゃないの」
「うるさいぞ、アマンダ」
「ありがとう、アマンダ。私は大丈夫よ」
「レイス、おいで。濡れてしまう。寒いよ」
「ちっとも冷たくないわ。もう、春なのね。
アマンダ、あなたも、水に入らない?」
「私は、岩の上にいるわ。濡れた砂は嫌い」
「さあ、レイス。君も毛皮にくるまりなさい。
暖かくして…ほらほら。君の小さな手が…
こんなに冷たくなって…」
「ライリー…」
「うん?どうしたの?」
「いい事、思いついたの」
「何だい?なんでも、言ってごらん」
「今日は、砂浜でお夕食にしない?最近、食欲
が無いみたいだし、気分が変わっていいかも
しれないわ」
「素晴らしいね!最高だよ、レイス。鳶に、
食べ物を取られないように、注意しなくちゃ
ね。ハハハッ、この間、クッキーを取られた
の、憶えているだろう?君ときたら…ハハハ
さっそく、準備をさせよう!」
「あなた、倒れそうじゃなかったの、ライル?
すぐにベッドに入りたい、眠りたいって、
そう言ってたじゃない」
「そうなの、ライリー?だったら…」
「例え、具合が悪かったとしても、君の顔を
目にした瞬間に治ってしまうんだ、レイス。
暮れていく海と、君と…これ以上の処方箋が
あるかい?もう、すっかり元気一杯だ。
ああ…僕のレイシー…綺麗だよ、レイス」
「なら…いいんだけれど。そうだわ、アマンダ…
あの、あなたもご一緒にお夕食をいかが?」
「ありがと、レイシー。でも、結構。私、
魚介アレルギーなの」
「そうなのか?僕は、初耳だが」
「ごめんなさいね、レイシー。ライルと大事な
打ち合わせがあるの。席を外してくれる?」
「そんな必要は無いよ、レイス」
「いいのよ、アマンダ。何も問題は無いわ。
私は、家に帰って、夕食の準備をする」
「ミラにさせればいいよ、レイス。その為の
家政婦だ。君はのんびりしていなくちゃね」
「自分で出来るわ」
「…レイス、ミラはどこだ?」
「あの…眩暈がするというから、車で自宅まで
送らせたのだけれど…」
「な、なんだと?」
「彼女、貧血気味だから…知ってるでしょう」
「いや、知らんね」
「ライリー…あの…私は大丈夫だから」
「レイス…君は、本当に優しいんだね。ミラは
働き過ぎなんだろうよ。長期の…うんと長期
の休暇をあげないといけないな」
「私…ライリー…あの、もう行くわね。
さようなら、アマンダ」
「またね、レイシー」
「火を使うんじゃないよ、レイス!包丁も触っ
てはいけないよ!怪我したら、大変だっ」
「彼女、もう行っちゃったわよ、ライル。
聞こえやしないわ」
「缶切りに気を付けるんだよ!バーナーも
触れたら駄目だっ」
「ライルったら!」
「すまない、アマンダ。一本だけ、電話を掛け
させてくれ。二分で済む。それが終わったら
心して君の話を聞くから」
「いいわよ、もう…好きにしたら」
「ありがとう」
「もしもし?ライリーだ。ミラの首を切れ。
どのミラって、ミラが何人もいるわけ無い。
うちの家政婦のミラだよ。割り増し退職金
は、気前良く積んでやれ。レイスを逆恨みで
もされたらかなわん」
「ライル!そんな事はしちゃ駄目よ」
「黙っててくれっ。あ?いや、君に言ったわけ
じゃない。こっちの話だ。
代わりの者を早急に手配してくれ。本人は
もちろん…そう、そう…解ってるじゃないか、
身内全員、キレイな人間かを、徹底的に調べ
上げろ。過去に、駐車違反一つでもあったら
承知しないぞ。じゃあ、頼むよ」
「ミラをクビにするの?レイシーが、彼女を
帰宅させたんじゃない。体調不良なら、誰
だって同じ事をするわ。レイシーの判断は
正しいのよ」
「例え、死の間際だろうが何だろうが、僕が
帰るまでは、レイスの傍にいるべきなんだ。
そういう契約で、高給を払って雇ったんだぞ
色々と特典付きでな!ミラの母親が、最高級
老人ホームで悠々自適の生活を送れているの
は、誰のおかげだ?ミラの子供達が、私立の
学校に通えているのは、誰のおかげだ?
え?君か?」
「クビになったら、特典も終わり?」
「約束を違えたのは、僕じゃない。ミラの方
じゃないか。あの…恩知らずめっ」
「あなたの部下が、具合が悪かったら?早退
させるでしょう?」
「仕事とコレとは、別の話だ。それくらい、
解るだろう」
「ミラにとっては、仕事の話よ。それに、コレ
とは何よ、コレって?レイシーは、特別と
いう訳なの?」
「何を言ってるんだ、君は?当たり前じゃない
か」
「ライル…レイシーは、小さな子供じゃないわ
二十歳を過ぎてるし、ケイトもいる。
あなたの地所と、七軒…違った、八軒の家
は、全て最新の警備システムで守られている
し、パトロールしている警備員は何人?20人
を越えてるんじゃないの?ミラが早退したか
らといって、何が起こるっていうのよ?
レイシーは、死にはしないわよ」
「この問題について、これ以上、話すつもりは
ない。これは、僕の家族の問題で、君には
関係ない。それより、君の話を聞こう。
すまない、待たせたね」
「今夜、夕食が済んだ頃、あなたの家に行くわ
ね。そこで、しっかり話し合いましょう」
「それは悪いよ。僕が訪ねよう」
「私は、あなたと違って元気なの。大丈夫よ」
「わかった。久しぶりに語り合うのも悪くは
ないな。待ってるよ」
「どうも、のっぴきならない状態になっている
ようよ、あなたは」
「そうかな。自分では解らないが」
「私は、あなたにとって、貴重な存在よね、
ライル。
遠慮せず、怖がらず、率直に意見する。
あなたの周りには、そんな人はいないわ」
「僕もわかってるんだ、アマンダ。君の優しさ
も、僕の為を想ってくれてる事も。嬉しいよ
ありがたい」
「ああ…ライル…私…」
「何?」
「何でも無いわ。また、後で」
「喉が詰まってしまいそうだよ、レイス。
話してごらん」
「え?」
「話したい事があるんだよね?」
「ええ…でも…言い出し難くて」
「僕の態度が良くないのかな?直せる所は直す
遠慮なく言って欲しい。僕のどこが…?」
「あなたは、何も悪くないわ、ライリー。
心配しないで」
「ただ…私、今の様に遊んでばかりはいけない
と思って…」
「学校を卒業したばかりじゃないか。堂々と
遊んでいていいのに、君は毎日、お稽古、
スクール通いだ。もう少し、のんびりして
いていいんだよ」
「あなたも、アマンダも、いえ、世の中の人も
みんな、バリバリ働いているわ。私も仕事を
すべきだと思うの」
「な…ちょっ…ちょっと待って…えっと…レイス
そ、その…え…ええ?レ…レイス…レイス…」
「ライリー、大丈夫?」
「大丈夫…いや、全然…そうでもないかと…いや
大丈夫…だけど…だけど…ど、ど、ど、えっと
ど、どうして、どうして…そんな事を…?」
「人殺しをしたい訳じゃないわ、ライリー。
ただの仕事よ。みんな、しているわ」
「君は、君は、働く必要なんか、どこにも無い
母は、巨額の遺産を、君と僕に、平等に残し
てる。一生涯、贅沢に遊び暮らせる額だよ。
なんの紐もついてない。条件無し、自由に
使える財産だ。それとも…僕からのお小遣い
が、充分でないのかい?額を増やそうか?」
「何を言ってるの、ライリー!あなたが、毎月
くれるお小遣いは、普通の勤め人の年収と
同じ。足りない訳がないでしょう。貰い過ぎ
だわ」
「僕は、君の行動を制限はしないよ、決して。
何をしても、何を買っても、全て君の自由だ
どこに行くのも、詮索はしない。まあ、その
なんだ…運転手つきの車で、ボディーガード
を伴う、これは守ってもらわなければいけな
いけれど…それは譲れない部分だけれど…
あとは、何をしても…」
「あなたも、大層な資産家よ。でも、働いてい
るじゃないの」
「後継ぎだから、仕方がないんだよ」
「でも、私も…」
「わかった、わかったよ、レイス。君の希望は
絶対だ。どんな事でも、必ず叶える。
僕に全て任せておきたまえ」
「え?」
「好きな職種は、何かな?ただ、僕に告げて
くれればいいんだ。心のままに、望むままに
君に相応しい職場を探してあげよう。
何の心配も要らないよ。
普通の会社でも、芸能関係でも、美術関係?
動物、スポーツ、どんな勤めでもいい。
会社、組織ごと、買いとってやる。
なにより快適な職場にしなくちゃね。
君に説教したり、叱ったり、そんな奴らは、
一人だっていさせるものか。辛い思いは、
絶対にさせないからね」
「…。」
「レイス?」
「…。」
「レイス!大丈夫かい?」
「え…ええ」
「それで?」
「あの…ゆっくり考えてからにするわ」
「そうか。それが一番だよ。焦る必要など、
全く無いのだからね。それに…正直な所、
僕は…こうして…ただ、いつも傍にいて…
優雅に、のんびりしていて欲しいんだよ。
レイス…君は、僕の宝石だ…かけがえのない、
至高の存在なんだよ…」
「わかってるわ、ライリー。ええ、よくわかっ
てるの」
ライリー(サンディ)編、その②に続きます。
エブリスタで、小説も公開中。
『たくましき人々』では、様々な人々の
個性豊かな生き様を綴っています。