あなたのバービーは何を語る?⑨後編
「先日の話の続きを聞かせて下さい」
「ライリー…つまり、過去のあなたとの間に
起こった事は、もう全部、話したわ。十分で
しょ」
「全く不十分です。疑問が解消されてません。
あなたは、四年前、ライリーに『青の貴婦
人』を貰った。それなのに、あなたは今に
なって、いきなり現れ『青の貴婦人は、どこ
にあるのよ?』なんて、この僕に聞く。
失くしたのですか?」
「サンディ…私…盗らなかったの」
「持っていけと言われたのに?」
「持っていくフリして、こっそり置いて帰った
のよ」
「は?なぜ、そんな事を…?」
「わからない」
「何かしら理由はあるはずです」
「ただ…あなたが…いや、ライリーが…とても
ハンサムで、大金持ちで、なのに、とてつ
もなく不幸そうで…キツイ口調とは裏腹に、
なんか今にも泣き出しそうで…なんて言うの
かしら…本当に可哀想だったから」
「それだけの事で…ですか?」
「いけない?」
「世間の一般常識からすれば、泥棒しなかった
のは、いけなくありません。
ただ…よく生きてましたね。悪党グループに
どう言い訳を?」
「あなたの…ごめん、ライリーが持っている
『青の貴婦人』は贋作だった、と嘘ついたの」
「生皮剥がされなかったですか?」
「スキニーはすごーく嫌そうな顔をした。でも
彼は、それ以上は絡んでこなかった。お金を
返せとも言わなかった」
「スキニーって?」
「あの、悪党グループの頭目。怒ったり、喚き
散らしたりもしない、脅しをかけてもこない
なんて、らしくなかったわ、彼。
どうしてかしら?」
「多分、あなたに、立派な美術品泥棒たる資格
があるかの試験だったんでしょう。
で、あなたは、落っこちた訳ですね。
しかし、わからないなあ。
あなたの嘘に、騙されたのか騙されていない
のか…スキニー達は、相変わらず、ライリー
が『青の貴婦人』を持っている、と考えてい
る。なぜです?」
「四年の間のどこかで、嘘がバレたんでしょ」
「ライリーが、僕だという事も知っている。変
な言い方ですがね。本人すら、忘れていると
いうのに。なぜ、わかったのだろう」
「調べたんでしょ」
「ややこしい話だ。スキニーって人も、きっと
そう考えていますよ。でも、枝葉を取り払い
煎じ詰めれば、こういう事ですよね…
『青の貴婦人』を、スキニーに渡すまでは、
僕達二人とも、安心して生活できない、と」
「スキニー達は、あなたが…なんていうべきか
そう、ライリー時代に住んでいた屋敷は、
もう徹底的に調べたらしいわ。今も、昔の
ままに維持されているから。
ある人が、管理しているらしいけど、どんな
酔狂かしらね。維持費ったら、凄まじい金額
になるはずよ。彼女は、自分のお屋敷がある
から、そこに住んでもいないのに…」
「住む人もいないまま、保全されているんです
ね」
「スキニーは、もちろん管理者には内緒に、
1ミリ単位で邸を調べたらしいけど。
『青の貴婦人』はもちろん、他の宝石も全部
なくなってたの。謎だわ。だから、スキニー
はパニック起こしちゃって、サンディが隠し
持っていると疑ったのよ。拷問にかければ
吐くだろう…て」
「あなたが、全て盗った可能性もあります。
疑われなかったのですか?」
「疑ってはいるでしょうね。でも、ライリー
は、行方をくらまして消えた。
サンディと名を変えて、別の町で生きている
私よりずっと怪しいわ。だから、生皮剥がさ
れるのは、あなたが先なのよ」
「それは困ります。だから…
早速、回収にいきましょう。『青の貴婦人』
を」
「話を聞いていなかったの?どこにいっちゃっ
たのか、わからないの」
「僕にはわかります」
「記憶が蘇った?」
「いや、全然。だけど、ライリー自身が言って
いたじゃないですか」
「え?」
「持っていかないなら…窓から投げ捨てるぞ、
とね」
「まさか…まさか!時価数十億という金額の、
宝石コレクションよ!そんなバカな…庭に
投げ捨てたって言うの?」
「彼は、そうしたんですよ」
「窓から?庭に?投げて?捨てた?」
「理由はわからないが、あなたの話によれば、
彼は苦しんでいた。
全てを捨ててしまいたかったんでしょうね」
「絵画や彫刻のコレクションは、捨ててなかっ
たわよ」
「おそらく、途中で邪魔が入ったのですよ。
それはまあ、置いといて…
ライリーの屋敷に案内して下さい。
庭を捜索しましょう。全く面倒ですね。
あなたが最初から、素直に盗んでいれば、こ
のような事には…」
「過去の事、グチグチ蒸し返すの、大嫌い」
「よく言いますよ。あなたが、無理やり過去に
引きずり込まなければ、僕は、平和に暮らせ
ていたのに…」
「サンディ…そうよね…そうよ…その通りね…」
「いや…あの…」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いやいや…僕の方こそ、謝ります。
この問題は、僕の過去でもある。
向き合うべきだ。逃げるのは、卑怯ですね。
なんか、緊張して…落ち着かなくて…それに
少し怖くて。あなたに当たってしまいました
「記憶喪失なのよ、怖いのは仕方ないわ。
でも、私達、しばらく一緒に過ごすのだか
ら、仲良くやりましょ」
「そうですね」
「シェモーナ…ここ…個人の庭なんですか」
「ご要望通り、ご案内したの。ここがライリー
の庭。その一部よ」
「一部?門や塀が無い理由がわかりました」
「町を柵で囲わないのと同じかな。広すぎる」
「正面に見えているのが、ライリーの家?」
「その一部」
「一部?」
「敷地内に、八軒あるのよ」
「それなのに、一人暮らし?非常識な青年だ」
「自分で建てたクセに…」
「それを言われると…。こんなにも財産家とは
ライリーの仕事は、何なのですか?」
「確か…中程度の製薬会社の代表だったと思う
けど」
「三十にも年が届かないのに?」
「一族経営だから。でも、それだけで、ここま
での暮らしは出来ないと思うわ。代々、受け
継いだ財産があるのでしょうね」
「それだけなら、いいのですが」
「スキニーも、同じ事を言ってた」
「全ての家を、一軒ずつ見ていきましょうよ」
「そんな必要は、ありません。宝石の部屋が
あった家の周囲だけを、捜索すればいいん
ですから」
「それはそうだけど、一応、ぜんぶ見て回った
方がいいわ」
「なぜです?」
「あなたの為よ。記憶が蘇るかもしれない」
「なるほど…僕の為に…ね」
「望んでいないかもしれないけど」
「一人だったら、多分、逃げ出してました。
忘れ去り、捨てた過去を訪ねるのは、本当に
怖いですね」
「ライリーは…私にこう言ったのよ。人間一人
の命と、引き換えに出来る物など無い…と。
そんな人が、故意に誰かを傷つけたりすると
は思えないわ。もし、そんな過去があっても
きっと何か深い事情があって、不可抗力だっ
たのよ!だから…怖がらないで…」
「ありがとう、シェモーナ。あなたの言う通り
であって欲しい」
「どんな過去でも、あなたは、今のあなたで
いていいのよ。忘れないでね、サンディ」
「覚えておきます」
「思い出した?」
「全然、ダメです」
「自分の家でしょ?記憶に無い?」
「無いですね」
「こっちの家は?思い出した?」
「全然、ダメです」
「思い出した?」
「イライラしてます」
「ごめんなさい。しつこく聞きすぎね」
「あなたに腹を立ててはいません。苛立って
いるのは、ライリーに対してです」
「ライリーは、あなたなのよ」
「実感が無くて。ねえ、シェモーナ。僕が住む
街には、ホームレスやストリートチルドレン
が大勢います。ライリーの八軒の屋敷に、
彼ら全員が入れる。それを思うとね…腹立た
しくありませんか?」
「別に。世の中、そんなものじゃない?」
「僕は、そう思えませんね」
「あれが、私が忍び込んだ家よ。坂の下に…
見えるでしょう」
「宝石の部屋は?」
「家の裏手側よ。その先は、緩やかな崖」
「ライリーが、どれだけ強肩でも、そこまでは
宝石を投げ飛ばせないでしょう」
「発見されないままに、四年も放置されていた
のを忘れてるわ。嵐もあったし、豪雨も発生
したでしょう。どこまで転がっていったか、
わかったものじゃないわ」
「崖の下には、何があるんです?」
「池、川、草原、林、橋…」
「個人の庭に?そこから、宝石一つを探しだせ
と?千年かかりますよ。全く、なんて事をし
てくれたんだ、ライリーは」
「自分でしたくせに」
「うっ…文句も言えませんね…」
「見つかったわ!」
「え!そ…それが『青の貴婦人』ですか!」
「違う。ライリーの宝石コレクションの一つ
だけど『青の貴婦人』ではないわ」
「青い石なのに…」
「だから?あなたも、ライリーも、本当に宝石
の知識がないのね」
「僕も見つけました!これはどうです?」
「ダメ。『青の貴婦人』じゃないわ」
「青い石だけど…」
「だから!もう…」
「見つけたわ…ティアラだけど…」
「小さいですね」
「でも、高価な物なの!しっかり、仕舞ってお
いてよ」
「僕も、見つけましたよ…でも、鑑定を頼むま
でもなく『青の貴婦人』じゃないですね」
「わかるようになってきたじゃない」
「だって、ピンクの石ですから」
「もうちょっとなんだけど…」
「落ちないで下さいよ!」
「痛っ」
「大丈夫ですか?」
「尻餅ついちゃった」
「やれやれ。これは長期戦を覚悟しないと。
続きは、明日にしましょう。
今夜、泊る所はありますか?」
「行く所があるの。サンディは?」
「友達に泊めてもらいますから」
「じゃあ、明日ね」
「シェモーナ…あなたという人は、全く」
「何か?問題ある?」
「昨日までのポカポカ陽気はどこへやら、今日
は大雪なんですよ!なんで、もっと捜索に適
した、汚れてもいい服で来ないのです?
そんなお洒落な、しかも白い服とは」
「酷い!」
「え?え?」
「私が、借金だらけでお金が無いの、知ってる
クセに。服なんて買えないわよ!」
「よく意味がわからないのですが…」
「私の服、みんな貰い物なの。スキニーが買っ
てくれた服しか持ってないのよ」
「スキニーって、悪党グループの頭目ですよ
ね?」
「そう」
「彼が…その服を?」
「悪い人だけど…会う度に素敵なプレゼントを
くれるの。この帽子もいいでしょ?
有名店で買ってくれたのよ。すごく高価いん
だから!」
「はい?ええっと…彼が…そこまでするほど、
あなたの事を好きなら…生皮剥がされるなん
て、怯えなくてもいいのでは?」
「公私の別は、しっかりつける人だから」
「やっぱり、よくわかりませんが…いかにも
寒そうですよ。僕のコートを着て下さい」
「好みじゃないから、嫌。絶対、着ないわ」
「はあ…美意識も結構ですけどね。凍死しない
で下さいよ」
「見つけた!『青の貴婦人』じゃないけど…」
「今日も色々と発見しましたけれど、どれも
『青の貴婦人』ではありませんでしたね」
「また見つけた!違う品だけど…。うー…寒くて
死にそうだわ。また、明日ね!」
次の日…。
「昨日の雪が、今日はもう、消えているとは。
暖かい…天候までメチャクチャだ」
「見て、サンディ!昔のテラスよ、素敵ね」
「テラス?」
「自然に出来た洞窟を、くつろぎのスペースに
するのが、流行った事があってね。テラスっ
て言われていたのよ」
「それは…そこに落ちている…もしかして…」
「サファイアだわ!価値は相当よ。でも…」
「外れなんですね。『青の貴婦人』ではない」
「待って!崖の上で、何か光った!」
「気をつけて下さい、シェモーナ!忘れている
らしいですけどね、僕らは、他人の地所に、
不法侵入してるんです!骨折しても、救急車
を呼ぶというわけには、いきません」
「次は、ここね。今度こそ、見つかる気がする
わ」
「ここ…?こんな広大な地所から探すなんて、
全世界の夕食から、特定のシチュー1杯を探
し出すような芸当ですよ…」
「サンディ…サンディ!サンディ!サンディ!
ついに…ついに…見つけたわ…ついに!
『青の貴婦人』よ、見つけたわ!」
「これが…?青くないじゃないですか」
「だから?」
「黒い石だ。なぜ『青の貴婦人』って呼ぶので
す?」
「知らないわよ!当時の人に聞いたら?」
「大したこと無い石に見えますが。これが、数
億の価値ある物ですかね?」
「石自体は、それほど高価ではないの。価値を
発揮するのは…台座の中…ほら、出てきた」
「なんです?その古めかしい紙は」
「ラブレターよ…。ヘンリー八世が愛人に送っ
た物なの。奥さんにバレると怖いから、宝石
の中に隠して、プレゼントしたのよ」
「その方が、もっと怒られそうですが。それに
ヘンリー八世が、キャサリン王妃を怖がった
なんて、信じられませんね」
「アン・ブーリンの方」
「それは…さぞ怖かったでしょう」
「読んでみる?」
「いや、結構です。どうせ、下らない文句が
並んでいるに決まってる。奥さんを裏切る
なんて、最低じゃないですか。数億の価値が
聞いて呆れますよ」
「欲しい人には、価値があるの」
「これは、あなたの物よ、サンディ。ライリー
の所有物だったのだし、ライリーは、あなた
なんですもの。『青の貴婦人』も、他の宝石
も、あなたの物」
「絶対に要りません!」
「法的には、どうなるのかは知らないけど…」
「法律など、どうでもいい。欲しくない」
「困窮している人達が、救えるじゃない?」
「そんな事は、したくありません」
「どうして?」
「僕は僕として…サンディとして…目の前に…
現実に生きている…大切な人達の手助けを
したい…自分の友達…自分が好きな人達を…
全くの私情で…支えていきたいんです。様々
な人の力を借りながら…僕を好きでいてくれ
る人達と共に…そうやって生きたい」
「ライリーには、それが出来なかったのね。
だから、あんなにも不幸だった」
「僕は、今、とても幸せなんです」
「…」
「ライリーには、戻りたくない!」
「わかったわ…いいのよ、サンディ。それで、
いいのよ。
『青の貴婦人』はスキニーに渡すけど、他の
宝石は、ぜーんぶ、私が貰うわ。あなたには
一つもあげないっ」
「…ありがとう、シェモーナ…ありがとう」
「それじゃあ、これで…さようならね。寂しい
けれど…あなたの為にもね…サンディ」
「シェモーナ?」
「何?」
「まさかとは思うけど…宝石を現金化して、
またギャンブルしようなんて、考えてません
よね?」
「な…いや…べ、別にいいじゃない。今までは、
確かに不運続きだったけど、それは、少ない
資金しかなくて、粘れなかったからよ。大き
く賭けるお金があれば、うまくいくわ!」
「シェモーナ!」
「何よ?」
「いや…なんでもありません。あなたに幸運が
ありますように」
「サンディ…」
「何です?」
「ライリーの家を維持している人…敷地の隣の
屋敷に住むアマンダって人なの。ライリーの
幼なじみだと聞いたわ。覚悟が出来たら…
いつか会ってみたら?」
「いつか…ね。色々、ありがとう」
「あなたにも幸運がありますように」
「さようなら、シェモーナ」
「さようなら、サンディ」
次回は、ライリー(サンディ)とアマンダ、
レイシーのお話です。
エブリスタで、小説も公開中。
ペンネームはmasamiです。
たくましく生きる庶民の姿を書いてます。
よろしくお願いいたします